登校中にうっかり轢き逃げした相手は、執念深い不良の転校生だった!
……ツナの取った手段は一つだけである。逃げる。
休み時間に突入する度ツナは猛然と教室を飛び出し、同じ階の女子トイレに駆け込んだ。いくら獄寺がツナに因縁を付けたくても、男の彼が女子トイレまで追って来ることは不可能だ。
教室の中で捕まることがなかったのは、授業終了のチャイムが鳴った途端に女子達が獄寺の机まで走り寄り、格好良い転校生を質問攻めにせんと取り囲むからだ。趣味が悪いと呆れたことも忘れ、ツナは獄寺の足止めをしてくれる彼女達に感謝した。ファンクラブでも何でも勝手に作ってくれ。俺は入らないけど!
 
そんなこんなで午前の授業は乗り切ったツナだったが、困ったのは昼休みである。……流石にずっとトイレに籠もっていたくはない。
最近のツナは、めでたく友人になれた笹川京子と黒川花との三人で、教室か中庭で一緒にお弁当を食べるのが日課だった。しかし今日ばかりは彼女達を巻き込む訳にはいかない。
案の定獄寺が他の女子に囲まれ身動きが取れないのを幸い、用事があるからと京子達に断りを入れたツナは弁当を持って一人教室を後にした。何処か人目に付かない場所を探して、獄寺に見付からないようこっそり食べよう。
きょろきょろと隠れ場所を物色しつつ廊下を歩いていたツナは、
ドンっ
「あだっ」
……またもや前方不注意になっていた。進歩がないにも程がある。
「おーいて、骨折したかも」
「どう落とし前付けてくれんだオラ」
中学生とは俄かに信じ難い立派な体格の先輩達が三人、ニヤニヤとツナを見下ろしている。一人は大袈裟に肩を押さえていて、ツナはその人にぶつかってしまったらしい。
(ヒイィー!三年の不良さん達!!)
どうして一日の内に何度も同じような目に陥るのか。自分の不運とドジさ加減を呪いつつ、人気の無い廊下で不良達に取り囲まれた絶体絶命のツナはチワワの如く体を震わせた。
「……こいつに何か?」
と、骨張った手に腕を取られ、有無を言わさず引き寄せられる。
「なっ!え、獄寺君!?」
何時の間に追い付いてきたのか、獄寺隼人が険しい顔でその場に割って入った。引きずり寄せたツナを半ば背中に庇うようにして、先輩方に対峙する。シャツの皺が目に見えて増えているところに、女子包囲網を突破するに際しての彼の労苦が窺える。
「なんだぁ?そいつ、てめーのオンナかよ」
「馬鹿が。……とっとと失せな」
「!!」
一瞥。冷やかな視線一つで、獄寺は体格の勝る上級生達を完全に圧倒した。
何というか、役者が違う。殺気を向けられた当人ではないツナですら、背筋に冷水を流し込まれたような恐怖を感じる。
朝ぶつかった時のように声を荒げるでなく、ホームルームの時のように暴力めいた振る舞いに及ぶ訳でもないのに、今の獄寺は朝よりもずっと獰猛で危険な存在に見えた。ツナに向けていた怒りや敵意など、彼にとっては全く真剣なものではなかったに違いない。なら、何故わざわざ追い掛けて来るような真似をするのか解せないが。
そんな風な、剥き出しの刃物のようなひやりとした殺気には覚えがある。そうだ、リボーンが銃口を向ける時の冷たくて、どこか機械的なそれと同じ。
 
「…ぐ、今日のところは勘弁しといてやるぜ!」
負け惜しみ以外の何物でもない台詞を吐きながら、先輩達は尻尾を巻いて逃げ出した。
「あ、あの……助けてくれてありがとう?」
真意は如何あれ、庇って貰ったことは事実である。恐る恐る礼を述べつつツナが獄寺を仰ぎ見れば、凝とツナを見下ろしてくる表情に不良を相手取っていた時のような研ぎ澄まされた感はない。目付きは悪いし眉は不機嫌そうに顰められたままだが、どちらかと言えば苛立ちと困惑のない混ぜになった顔つきというか。
ツナの顔から恐れが薄れつつあることに気付いたのか否か、視線を窓の外に投げ出した獄寺はチッと、如何にも不本意だと言わんばかりに舌打ちをした。
「話に聞いた以上のナヨさだぜ」
「え?」
何か不自然なことを言われた気がする。まさか休み時間にクラスの皆からツナの噂話を聞いて回っていた訳ではないだろうし。
「ついて来い」
「え、え……はぁ?」
不良から庇った時と同じような調子でツナの二の腕を掴んだ獄寺は、そのまま強引に腕を引っ張り何処かへ連行していこうとする。
ええー!これって俺ピンチのままなんじゃ!?
ずるずると廊下を引き摺られながら、ツナは獄寺から逃げるという当初の目的を思い出した。今となってはすっかり手遅れだったが。
 
 
 
獄寺に連れて来られたのは人気のない校舎裏だった。まさかお弁当スポットを紹介してくれた訳ではあるまい。大体獄寺君お弁当の包み持ってないし。
校舎裏イコール風紀委員のリンチ!な印象のツナにとっては、一刻も長居したくない場所である。
「えーと、何の用……?」
勇気を出したツナの質問は聞こえないフリをされ、獄寺は制服のズボンからおもむろに煙草とライターを取り出した。
不良っぽい外見には似合いかもしれないが、中学一年にも関わらず明らかに慣れた風に煙草をふかす獄寺の様子は、少なからずツナを驚かせる。
「お前みてーなひ弱な女にボンゴレファミリーのボスは無理だ」
…………………………。
「はあぁ!?ちょ、ボンゴレって!!」
リボーンの言ってるマフィアの!ていうか何で獄寺君がボンゴレ知ってんの?
イタリアからの帰国子女……リボーンと同質の雰囲気………まさか……………
「獄寺君ってマフィアなのーー!?」
「思ったより早かったな、獄寺隼人」
ツナの絶叫に被るように、別方向からも声が掛けられた。獄寺は会話の相手として、迷わずそちらの第三者を優先させる。
「あんたが九代目が最も信頼してるという、殺し屋のリボーンか」
「ちゃおっス」
校舎の窓枠に腰掛け、神出鬼没な家庭教師がごく気軽な調子で挨拶した。
「リボーン!獄寺君のこと知ってるの?」
「会うのは初めてだがな。俺がイタリアから呼んだファミリーの一員だ」
絶句したツナの視線を受け止め、獄寺は相変わらずの顰め面で吸いかけの煙草を放り捨てた。
「日本人の女が後継者ってだけでも胸糞悪ィってのに。球技大会のザマといい、軟弱過ぎて話にならねぇ」
「バレー見てたの!?」
「あの驚異的に色気のねーブルマーか。本当に早く来てたんだな」
場をまぜっ返すリボーンの台詞が余計すぎる。煩いよ!とリボーンに向かって怒鳴れば、獄寺はやや意外そうに目を見開いた。が、すぐに気を取り直し再度ツナを睨み付ける。
「俺はお前をボスとは認めねぇ。ここでお前を倒せば、俺が後継者内定だ。……そうだな?」
「はぁ!?」
「ああ、本当だぞ」
獄寺の確認に、リボーンがしれっと頷いている。
本物のマフィアが、俺を殺すって、リボーンもそれを認めてるって?
事態が飲み込めるにつれ、ツナの足から徐々に力が抜けていった。ガクガクと足元から全身に震えが伝染し、頭の中が恐怖で一杯になる。
「どういうこと!?リボーン、お前、俺を見捨てるのかよ!!」
「そうは言ってねー」
「だったら、」
「戦えと言ってるんだ」
リボーンの威嚇射撃が、ツナの足元の地面を抉った。反射的に飛び退いたツナが顔を上げれば、獄寺が二本目の煙草に火を点けている。ライターを仕舞ったと思いきや、シャツの内側から取り出したアレは……
「爆弾ーー!?」
「獄寺隼人は体の至る所にダイナマイトを隠し持った人間爆撃機だって話だぞ。業界での呼び名はスモーキン・ボム」
リボーンの解説に耳を傾ける余裕もない。敵意を漲らせた相手が、両手一杯に幾つものダイナマイトを持ち、口に啣えた煙草で着火している。
「果てろ」
獄寺は、それらをツナに向かって放り投げた。
「きゃあああっ」
必死でツナはその場から走って逃げる。直撃は免れたが、強い爆風がツナの軽い体に殴り飛ばされた時のような衝撃を与える。
転びそうになった体を立て直しつつ、ツナが愕然と背後を振り返れば、再び両手にダイナマイトを持った獄寺が今しも武器に着火しようとしている最中。
「ひぃーーん!!」
何で俺がこんな目にぃぃ!!
再び爆風。火薬を含んだ空気がちりちりと頬に痛い。ツナは必死で逃げるが、広くもない校舎裏のスペースはすぐに行き止まりになってしまう。
コンクリートの外塀に手を突き、新たに逃げるべき方向を探すツナの元に、一歩また一歩と獄寺が近付いてくる。
「ひっ……」
「終わりだ」
息を呑むツナに向かって、無情にダイナマイトが投擲された。
「きゃああああああっっ」
放物線を描く無数のダイナマイトが、妙にスローモーションじみて目に映る。ツナは悲鳴を上げながら、必死で塀にへばりついた。
 
「――死ぬ気で戦え。俺を退屈させんじゃねーぞ」
……………リボーン?
 
ツナが家庭教師の姿を視界に映すよりも、額に弾丸が撃ち込まれる方が早かった。
額から一筋の血を流し、塀に沿ってずるずると崩れ落ちるツナを目にした獄寺が、
「な……」
上ずった声を洩らす。
「復活!!死ぬ気で消化活動!!!」
獄寺の動揺は、撃たれた額に炎を灯し、ブラとパンツだけを身に纏ったツナが猛々しい雄叫びを上げるに及んで、ますます激しいものとなった。死ぬ気のツナは素早い動きでダイナマイトの導火線を掴み、爆発前のそれを次々に消していく。
「……くそっ」
「消す消す消す消すっ!」
獄寺の投げたダイナマイトは、全て不発のまま地面に転がった。
その結果に、意識を切り替えたように獄寺は再び得物を構えた。その手には、今までに倍する数の爆薬が握られている。
「食らえ、二倍ボム!!」
「消す消す消す消す消す消す消すっ!!」
再びの投擲。しかしその攻撃すら、空中に飛び上がったツナは目にも留まらぬ速さで無効化していく。
またしても全ての導火線を握り消された獄寺は、焦燥も露わに懐を探った。
両の腕に抱えきれない程のダイナマイトを取り出し、点火しようとする。
「三倍ボム……」
獄寺の手が滑ったのは、大量の爆薬が彼の手に余ったのか、抜け切らない動揺の所為だったのか。ツナは与り知らぬことだが追い詰められ開発途中の技を繰り出そうとした獄寺は、導火線に火の点いた得物を取り落とすというあってはならない失敗をした。
「!」
一旦バランスを崩せば、ばらばらと手元から転がり落ちる大量のダイナマイト。じじじと不吉な音が足元から聞こえてくる。全部に火が点いている訳ではないが、誘爆する分を考えればこの至近距離、自分の命はない。
ジ・エンド・オブ・俺……。
獄寺が覚悟を決めた、その瞬間。
「消すーーー!!」
下着姿のツナが、獄寺の足元に滑り込んできた。
「!?」
そこらに散らばるダイナマイトの火を、先程までと同じように、小さな手を使い猛然と握り消していく。ツナが飛び込んでくるまでは両者の間にはかなりの距離があり、獄寺を見殺しにすれば直撃は避けられた筈なのに、である。
「消す消す消すっっ!」
獄寺の驚きには一向に気付かず、死ぬ気のツナはダイナマイトの消火だけに全精力を注ぎ、そしてそれは達成された。
奇跡的、としか言えない消火活動の終了と共に、死ぬ気状態を脱したツナはゆっくりと上体を起こした。
「ふぅ、何とか助かった〜〜」
地面に落ちたダイナマイトを消火するのに、四つん這いで移動していたのである。
顔を上げたツナは、獄寺との思わぬ距離の近さに、最初ぎょっとした。
「俺、見てませんから!」
次いで、地面に膝を着いた獄寺が顔を伏せながら叫んだ言葉に、今の自分の格好と今し方までの姿勢を思い出して卒倒したくなった。恥ずかしーーー!!
「服着て下さい!じゃなくて、御見逸れしました……!」
ツナが制服に腕を通すまでは顔を上げないと決意しているのか、そのまま土下座のように頭を地面に擦り付けた獄寺は震える声でそれを言った。……ていうか、これって本気で土下座じゃないの!?
 
 
 
 
 
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