「十代目……」
イキイキとサブマシンガンを乱射するリボーンの傍らで、獄寺はハラハラとツナの迷走を見守っていた。
危機感の全くない山本に対し、ツナの方は見るからに必死の形相だ。が、彼女に対するリボーンの攻撃は威嚇射撃の域を出ていない。伝説の殺し屋とはいえ、まさかボンゴレの次代を本気で殺したりする筈がない(と思っているのは獄寺だけかもしれないが)。
それはそれとして、思った以上に山本が良い動きをするのが、獄寺には不服で腹立たしい。
山本への攻撃は手加減されていない。照準を合わせ難い上に反動も大きいサブマシンガンは、短時間に大量の銃弾をばら撒くことで欠点をフォローしているのであり、元来は命中精度の高い武器ではない。リボーン程の凄腕ならば手心を加えてこのレベルなのかもしれないが、獄寺の目には充分容赦ない攻撃と映っている。
跳躍して手榴弾を避けた山本は、蹴り足の勢いを使い空中で方向転換した。着地してすぐに別方向へ走り出す。残像に撃ち込まれる機銃掃射。山本の動きに狭い場所で逃げ続ける不利さは感じられない。このままでは確実に合格してしまう!
獄寺が焦りを覚えたまさにそのタイミングで、リボーンは次の手を打った。
「おい獄寺。お前もやれ」
「は!?」
短機関銃の間断ない騒音をBGMとした会話は、非常に聴き取り難い。
獄寺が聞き返したのはそれ故でもあったが、聞こえた内容が不穏だった所為でもある。
「お前も攻撃しろ」
「俺は手加減出来ませんよ!?」
「構わねえ、山本をぶっ殺すつもりでやってやれ」
「ぶっ殺すつもり……」
かなり魅力的な申し出だ。悪い虫を公然と排除出来る、と考える獄寺の頭は今後の中学生活を思案していない。いつかは去る世界だ。
山本の動きを目で追った。ダイナマイトで確実に獲物を仕留める為には、相手のモーションを限定させる必要がある。屋上の端に追い込んだ時が好機だ。獄寺は追撃する短機関銃の弾道と山本の逃走経路とを推算し、忍び足で移動を始めた。
リボーンは、山本を同じ世界に引き込めばツナは離れていかないと言う。だが、山本とツナの距離が縮まるのは困る、と獄寺は思う。何故困るのか、明確な解答は思い付かないのだが。
屋上を斜めに突っ切る山本と自分の中間に、赤ん坊の小さな背中がある。出入口の扉を背にした獄寺は、リボーンの攻撃が一時中断した隙に方向転換を図った山本の、軸足の回転したそのタイミングで両手を振りかざす。持てるだけのダイナマイトをありったけ投げ付けた。
「……果てろ!」
リボーンの頭上を越して、放物線を描いたダイナマイトが宙を舞う。
「ふん、これで仕上げだ」
同時、リボーンの担ぐ、赤ん坊の体躯と変わらぬサイズのランチャーからロケット弾が発射された。
標的たる山本は走り出しの勢いを殺せず、まともに頭から着弾地点へ突っ込んでいく。
獄寺の歓喜に輝いた瞳は、
「ふぎゃっっっ」
一秒もせず凍り付いた。
何もない場所でも週一の頻度で転ぶツナが、正面から倒れ込んだのだ。
数日前も屋上で足を滑らせた所為で酷い目に遭ったツナは、今回も運の悪さは絶好調だった。顔面から床にぶつかった所為で額を強打し、更に体を起こそうと手足をバタつかせた所為で心ならずも濡れた床を滑っていく、その先はまさに爆心(予定)地。
「十代目ぇぇぇぇぇぇ!!!!」
一度放たれた攻撃は止まらない。
 
 
着弾と爆発は同時だった。凄まじい轟音、一帯に立ち込める粉塵。舞い上がるコンクリートの破片。
「………ッッ」
獄寺が膝を着く。びしゃりと、制服のズボンが水を吸う。恐怖と悔恨、自己弁護、それを打ち消す罪悪感。荒れ狂う少年の絶望を読心術で知り、リボーンは肩を竦めた。
「……よく見ろ獄寺」
「!?」
粉塵の中を指し示すリボーンに従い、のろのろと獄寺は顔を上げた。一時的に麻痺していた聴覚が元の機能を取り戻しつつある。それに加え、徐々にクリアさを取り戻す視界。
けほけほと咳き込む音がする。この声の高さ、誰であるか聞き間違う筈もない。
「いやー、マジで死ぬかと思ったぜ」
ゆっくりと立ち上がる長身のシルエット。山本は生きている。小脇に荷物を抱えるようにして、左腕のみでツナの体を持ち上げている。彼女は頻りに咳き込んでいるが、二人とも目立った外傷はない。
リボーンの目は捉えていたらしい。二人が爆心地近くで交差した瞬間、走る勢いを殺さぬまま山本はさっとツナを掬い上げ、バランスを崩しつつもギリギリのタイミングで危険地点を走り抜けたのだ。
ツナは無事だった。ちゃんと生きている……!目頭の潤んだ獄寺は、しかしあることを認識した瞬間、感動とは違う次元で絶句した。
「げほっ、……山本君のおかげで助かった……」
九死に一生スペシャル感を噛み締めているツナは全く気付いていない。彼女の視界には、小規模なクレーターの出来た屋上の床しか見えていないからだ、が。
「じゅ、………」
スカートが思いきり捲れ上がっている。
彼女を抱える山本だけではなく、駆け寄ろうとしていた獄寺にもばっちりツナの水玉パンツを目視出来た。パンチラと言うより最早パンモロの域だ。
注進すべきなのだろうか。言葉を失った獄寺がチラチラ盗み見つつ葛藤している間も、山本は一見気付かぬ風でいる。かと思えば、あたふたする同級生をさり気なく一瞥し、ニヤリと共犯者意識の籠もった笑顔を見せた。快活な印象はそのままに、なんとも悪そうな顔だ。獄寺は再び絶句。
こいつ、タダ者じゃねえ!?
「……十代目を助けたことには感謝する」
私情はさて置き、一応部下としての筋だけは通しておくべきだと口を開いた。獄寺が歩み寄った時点で、鑑賞権の共有契約が暗黙のうちに成立している。
ツナを救ったことで見直す気になったのも本心だが、礼を述べる獄寺の唇の端はひくひくと痙攣している。どうあっても好意は持てそうにない相手だ。
「獄寺君、そこにいるの?」
現在の格好に今更ながら羞恥を抱いたのか(スカートの状況には気付かぬままだが)、網に掛かった魚のようにばたばた藻掻くツナの下ろして欲しいという要求は、対峙する少年達からさり気なく黙殺された。
「命を賭けてボスを守ったんだ、ファミリーと認めてやらなくもねえ」
眼尻を吊り上げ、がしりと長身の男の胸ぐらを掴む獄寺。殊勝な態度は性に合わない。
「だが!十代目の部下になるからには、今までみてーに馴々しい態度は許さねえからな。覚えとけ!」
きりきり眉を吊り上げる獄寺とは対照に、首を圧迫されつつもへらりとした笑みを絶やさない山本。
「んー?でも、別にお前、ツナの彼氏とかじゃないんだろ?獄寺に指図される筋合いはないんじゃね?」
「……なっ、何だと!?」
顔が笑っているということが、即ち悪気のないことと等しい訳ではないのだ。獄寺は理解しつつある。
「ところでツナ、パンツ見えてんぜ」
「なっ!え、ウソぉーー!!?」
額に青筋を立てる獄寺が殴りかかってくる前に、シャツを掴む手を振り払った山本は話の矛先を変えた。
「やっ、やだ!山本君、下ろしてぇぇぇええ」
藻掻くから暴れるに動きを変えたツナが転がり落ちる前に、膝を曲げてゆっくりと下ろしてやる。
弾かれたように立ち上がったツナが、慌てて捲れたスカートを手で直す。そのままスカートの端を両手でぎゅっと掴んで、山本と獄寺を等分に睨み付けた。
「じゅうだ、いめ……」
主人の非難が自分にも向けられていることを察知して、獄寺は顔色を失った。一方悪怯れもせず、肩を震わせ笑いを堪えている山本。……謀られた。
「畜生、覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
捨て台詞の内容が三流悪役以外の何物でもない。
ドップラー効果付きの雄叫びと共に、獄寺隼人は屋上から駈け去った。逃げる少年が後ろ足で水溜まりを蹴立て、ツナのスカートに飛沫が跳ねる。眉を顰めた彼女は制服を汚されたことに腹を立てたのではなく(転んだ時点でぐっしょり濡れている、今更だ)、山本に対する暴言に不快さを感じている。やっぱり怖くて付き合い難い人だ。……自分の眼差しが原因で少年が本泣きしていたことを、ツナは知らない。
動揺甚だしい獄寺とは対極のあっけからんとした調子で、「わりーわりー」山本はどこまでも軽いノリだ。
「ああ、うん……」
羞恥心に身の置き所もなかった筈のツナが曖昧な反応なのは、意味不明な獄寺の逃亡に気を取られてしまった所為かもしれない。
 
 
 
「でも、ツナの弟って面白いのなー」
「へっ!?」
誰のことだ。というより何のことだ。
「俺もガキの頃はヒーローごっこしたり、野球選手のフォーム真似したりしたぜ」
本気で意味の解らないツナを置き去りに、山本は一人納得したように頷いている。だから何の話。
「ツナん家のカテキョーに憧れて真似してるんだろ?小僧。マフィアごっこもその影響か?」
今度本人にも会わせてくれよなー。根本的に勘違いしている山本に掛ける言葉が見つからず、途方に暮れたツナは話題の家庭教師当人へ助けを求めようとした。
……………いない。
先刻からやけに静かだと思ったら、何時の間にやら忽然と消えている。
あ、あいつ、引っ掻き回すだけ引っ掻き回しやがって……!!
なし崩しに解決したような気分になっていたが、よく考えれば事態は混迷の度を深めている。
取り敢えず惨憺たることになっている屋上はリボーンが後で何とかしてくれるとして。もうどーでもいーから今すぐ着替えしたいな……気持ち悪い……。
現実から目を逸らしたツナは、フェンスの向こうの街並みへと視線を飛ばした。いわゆる現実逃避。いやに視界が良いと思えば、雨はとうの昔に止んでいた。
だからか、未だぶすぶすと黒い煙が立ち上っているのは。……逃避しきれていない。
落ち込むツナをしげしげと観察している山本は、彼女とは逆で、なるべく長い間着替えずにいて貰いたいと考えている。濡れて肌に張り付くブラウスは、なかなか良い透け具合なのだ。
 
 
 
 
 
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