――約一週間後。
「これ以上話をややこしくしてどーすんだ、この馬鹿が」
執務室に入った瞬間、文字通り俺のすぐ横を銃弾が飛んでった。
国外の仕事から帰還したばかりの家庭教師サマは、本日は居眠りではなく武器の手入れをしておられるようだ。硝煙たなびく拳銃を大理石のローテーブルに放り投げ、やっぱり指定席のソファに陣取って解体中の別の武器を手に取った。愛用のジェラルミンケースには他にも大量の銃器類が仕舞い込まれている筈だ。
「や、やあ。お早ようリボーン……」
俺は両手を上げ、俗に言うホールドアップの体勢でカニ歩きしつつ執務机を目指す。だって迂闊に背中を見せた瞬間射殺されそうなんだもん。コイツに常識は通用しない。
怯えまくった俺を馬鹿にしつつも、怒り冷めやらぬ表情でリボーンは出来の悪い生徒を睨み付けてきた。
「……ったく、俺は女と別れろとは言ったが男を誑らせとは言ってないぞ」
「あ……あはは、ホントは男色家だったって、いいカモフラージュになると思わない?」
「んな噂ボンゴレの威信にかけて広めさせるか」
「ひッ!」
再び銃口を向けられ愛想笑いのまま強ばる俺。
って待ってよ!なんか俺が一方的に悪いみたいな言い方だけどさぁ!
「失恋のショックでどうにかしてたんだよ!」
ぶっちゃけ俺はその日のうちに後悔した。物凄い気の迷いだった。
「だって獄寺君ドーテーだったんだよ!?」
朝っぱらから十歳未満のコドモ相手に絶叫する台詞じゃないが。でもこの歳であの外見の男に「あなたの為だけに守ってましたゥ」とか言われても怖いよ!困るよ!
あれだ、俺の感じてた胸の苦しさって、純真な子供の前で汚れた大人が感じる居たたまれなさとかそーゆー種類のものだったに違いない。
「それもこれも!元はといえばお前なんかと」
「○兄弟」
「うわぁ下品な単語禁止!!」
もうやだこの児童……!!
そして獄寺君の冷静さやポーカーフェイスも殺伐時代の後遺症だったらしく、劇的に回復した獄寺君はすっかり昔の彼に戻ってしまった。
つまりでれでれとニヤケまくりでガラの悪い獄寺君になってしまった……。
昔の彼を知らなかった新入りの一部が「クールビューティーな俺達の獄寺さんは何処へ…」男泣きに泣いてるのを知ってる俺は別の意味で罪悪感だ。寧ろ俺の方が詐欺で訴えたい。格好良い俺の獄寺君を返せ。
「全部テメエの自業自得だろーが」
リボーンは冷静だ。怒りを持続させる前に投げ遣りモードになってきたらしい。確かに馬鹿馬鹿しい話だ。
悲嘆に暮れる俺には最早構うことなく、一心に銃の分解に勤しんでいる。
油を含ませた布で部品の一つ一つを丁寧に磨き、魔法のような手際で組み立てる。
この家庭教師に叩き込まれたおかげで自分でも一通りの手順はこなせるけど、リボーンのは格別に正確で美しい。銃の手入れに精神を落ち着かせる作用があると見ているだけで実感出来る。
「……それで?獄寺の奴が下手で困ってるって悩みか?」
「違うよ!」
人が落ち着いた途端に何言ってんだコイツ!?
思わず俺は机に突っ伏した。まだ書類は運び込まれてないからスペースは充分広い。
「いや……下手っていうか……」
驚くべき超初心者な獄寺君は、しかしこんな場面でも勉強熱心で優秀な生徒だった。問題があるとすればうんざりするくらいしつこいってことだろうか。でも、まあ獄寺君だしね……。
「テメエはその一言で諦めがつくのかよ」
確かに、一番の問題点は何だかんだと許容しちゃってる俺の態度かもしれないけどさぁ?
「あれ?そういえばリボーン、獄寺君を抹殺するとか言わないんだね」
仮にもボスたる俺は兎も角、絶対に獄寺君の方はリボーンの粛清対象になるに違いないと、この数日ヒヤヒヤしつつ弔辞の文面を練っていた。薄情と言いたくば言え。
「……ダメツナの頭と趣味の悪さには俺もほとほと呆れ果てた」
は?何でこの流れで俺へのダメ出し?
「金輪際テメエには期待しねえ。……ったく、ボンゴレ技術開発部に性転換薬の発注しといたぞ」
「何その超展開!何で!?」
「産め」
「そんな一言で済ますなよ!!」
しかも何で恩着せがましい口調で言われなきゃなんないの……!!
絶対リボーンは本気だ。コイツは存在そのものが冗談みたいな奴でしかもサドっ気の強い愉快犯だが、だからこそどんな無茶でも実現させる。
「で、でもボスが女なんて格好付かないだろ?ボンゴレって一応男系相続だし」
ヨーロッパの王室とかになると庶子の相続を認めない代わりに女系でも正当な婚姻で繋がった血縁を重視するみたいだけど、マフィアの世界ではそれ程そのテの制約は厳しくないらしい。逆に女子の発言権は低いらしく(まあ家業が暴力団体だしねえ)、先々代の娘だとかその子供だとかの親戚の人々にもこっち来てからお会いしたけど、会う人会う人悉く毒を盛ってきたので半分くらい見せしめに粛清しといた。おかげで今は皆さん大人しくしている。
「ガキ産んだ時点で元に戻してやる。こんだけ基盤を固めたら一年くらいボスが表に出てこなくても大丈夫だろ。テメエは元々男なんだから相続的にも問題ねえ」
「問題しかないんだけどその提案!?」
「自業自得だぞ」
さっきと同じ台詞を重々しく告げる家庭教師。……ぐわぁ騙されるもんか!絶対面白がってんだろこんのサド侯爵めぇぇ!!
ギリギリ歯を噛み締める俺と、既に怒りの片鱗もなくニヤニヤ性悪の見本みたいな薄笑いを見せるリボーン。
もうこうなったら玉砕覚悟で殺すか……?
当たり前のように俺の思考を読んでるリボーンは、俺が懐の銃に手を伸ばしたのが大層お気に召したらしい。獰猛に眼をギラつかせ舌なめずりすると……、
「じゅっうだっいめ〜〜ゥゥ」
……思いっきり気勢を削がれた。
「タイミング悪っ!」
思わずツッコミを入れてしまう俺もある意味で空気が読めてない。
「……げっ、リボーンさん…」
大量の書類を抱えたまま元気良くドアを開け放った馬鹿、じゃない右腕も流石にボスとその後見人が銃口を向け合ってる状況に唯事でないと感じたのだろう。
リボーンを見て顔色を蒼くしてるので、理由についても察知してるに違いない。これで他人事みたいな顔されたら獄寺君の方を撃ってたよ俺は……。
「ごっ、獄寺君にげて!」
とはいえ俺の目の前で右腕が射殺されるのはあんまり見たくない。
リボーン相手には牽制にもならないけど、銃口と視線を外さないまま獄寺君の方へじりじりと歩み寄る。今日は真直ぐに歩いちゃいけない日なのか。
「じゅ、十代目……!」
そんな、俺なんかの為に!獄寺君の恍惚とした表情を言語に翻訳すればこんなかんじだろうか。しかしドアの前に突っ立ったままの君の危険察知能力には心から疑問を抱くよ。
「心配すんな。父親候補を殺さねえよ」
「父親言うな!」
俺が産むの決定かよ!
今し方の殺気を器用に収めて、リボーンは音もなく立ち上がった。武器満載のジェラルミンケースを軽々と片手で持ち上げつつ。
コイツが退散するなら敢えて事を構える理由は……あれ?それでも俺の方には殺害動機残ってるんだっけ?
「馬鹿ツナ」
天下のドン・ボンゴレを公然と罵倒出来る人間など、今やこの最強家庭教師くらいのものだろう。
師弟対決を回避出来たらしき状況に……すっかり油断した。
擦れ違いざまにネクタイを引っ張られ、頭ひとつ分低い殺し屋の白皙が急接近する。
「そこの右腕が不満なら俺が育つのを待ってるんだな」
ちゅっと可愛い音を立てて(絶対わざとだ)軽い口付けは解かれ、珍しく鼻歌など歌いながらドア付近の獄寺君を押し退けたサド児童は去って行った……。
バサバサー。獄寺君が取り落とした書類が床に紙の川を作っている。
うわぁ誰が整理し直すのこれ。
石化状態から人間に戻った獄寺君がビル中に響き渡る絶叫を放つまで、あと三秒。
〈完〉
(↓反転)
梓がローマ観光して、スペイン階段で一緒に焼き栗食った相手は獄寺君ではなく母親です。現実はいつも残酷です。
最近流行の成分解析によれば獄ツナの55%は魂の炎で出来てるらしいですからね!そりゃ眼にも炎が宿るってなもんです(…)。
ついでにと言ってはナンですが、リボssの題はオマル・ハイヤームの四行詩からテキトーに抜粋。
お題サイトとかも行ってみたんですが、先に本文書いちゃう身ではぴったりのお題シリーズがなかなか見付からず、
たまたま読んでた岩波文庫『ルバイヤート』からお題感覚で剽窃じゃなくパクリ…いやいや引用してみました。
イタリア舞台なのに何故ペルシャ。