「へえ、お前らが付き合い始めたの、意外と最近だったのなー」
恥やら苛立たしさやら堪えて相談したにも関わらず、返ってきたのは間延びした感想(?)である。俺はこの呑気男への殺意を益々募らせた。
「んだとテメェ!?」
「まーまー、落ち着けって獄寺」
他に相手がいなかったからって、よりによって山本なんかに相談を持ちかけるなんて如何かしていた。屋上に二人だけという密談向きの状況が、俺の良識を狂わせたに違いない。
「で、何が問題なんだ?好きな奴と両想いなんだろ。ツナもお前も幸せで結構じゃねーか」
「馬鹿野郎、状況が違うんだよ!」
一週間前とは違う。俺は恋に落ちてしまったのだ!
十代目は今此処にいらっしゃらない。雲雀の野郎が校内放送で呼び出しやがった所為で、あの方は応接室へと赴かれている。俺はお供する気満々だったが、下手に群れると雲雀を刺激して余計に危険だから、と俺と山本を押し留めた十代目は先に昼食を摂るように告げて教室を後にされた。
今や俺はあの方無くしては呼吸もままならない恋の虜。十代目はご無事なのだろうか、心配で今にも発狂しそうだ(お前は前から頭オカシーだろ、と聞こえた気がするが空耳だ。違いない)。あの愛らしくも麗しいお顔に痣の一つも残った日には、俺は雲雀を八つ裂きにしてもし足りない。
「ははっ、怖ぇー顔!」
「うっせぇこの唐変木!テメェには人の心がねーのか!?」
「だって俺、お前が何カッカしてんだか分かんねーもん」
パック牛乳を啜りながら、山本は呑気そのものだ。親身になって貰おうとまでは思わないが、そのヘラヘラした面が憎たらしいことこの上ない。しかも十代目を心配する様子も無いとは、こいつは部下失格だ、失格。
「いいか、恋人っつーのは四六時中一緒にいるもんなんだぞ!?」
そう十代目も仰った。
「んー?でも一緒に居ないと死ぬってお前、今言ってたろ?」
「一緒にいても死ぬ!!」
「……………………」
俺が力強く断言すると、山本は押し黙った。頭の悪いこいつも、俺の悩みを漸く理解したか?
一度自覚してみると、十代目はもう眩さの塊のようなお方だった。あんなにお可愛らしくてお優しくて素晴らしい人はこの世に二人といない。十代目の声変わりの終えられていない澄んだ声、庇護欲を刺激するか細い肢体、温かく包み込むような微笑、大きな瞳で一心に縋ってくる眼差し、小さく可愛らしい鼻、まろやかなラインを描く薔薇色の頬、や、や、柔らかそうな唇……もう、なんというか全てにおいて無茶苦茶魅力的なのだ。
部下としての俺はただその足下にひれ伏していれば良いが、恋人というのは更にそのお傍近くに行くことの出来るポジションなのだ。て、てててて手をお繋ぎするとかな!
昨日までの俺はなんて怖いもの知らずだったんだ。自分で自分が信じられねえ。
「そんなに大袈裟に考える話かぁ?俺、大分前からお前らがデキてるって思い込んでたぜ。今まで通りな感じでいーんじゃね?」
「それが出来りゃ苦労しねーんだよ馬鹿!!」
今までの俺の図々しい恋人ごっこは無心、つまり俺が鈍感であったからこそ可能な真似だった。今朝、お迎えに上がることまでは決死の覚悟で遂行したが、十代目がお喜びになると解っていながらも、昨日と同じように手を繋いで登校するなど到底無理だった。
……山本なんかには死んでも言わねーが、昨夜、俺は生まれて初めて十代目をオカズに抜いちまった……うおおお。あの柔らかな手が俺のココを、などと妄想したらすげー興奮して、……やべ、また勃ちそう。
と、ともかく、そんな俺の穢れた手で十代目の御手に触れる訳にはいかないのだ。ちゃんと手を洗ったから大丈夫とか、そういう問題ではない。
「つーか、いきなり恋人ってのが駄目なんだよな。心の準備が全然出来ねえ……」
「告白からやり直せばどうだ?」
「んなことしたら、付き合い初めは俺が本気じゃなかったって十代目にバレるだろ!!」
それはきっと十代目が傷付かれる。俺のことを軽蔑されるかも。八方塞がりだ。距離を置くのは俺が耐えられない。しかし傍近くにいることも、別の意味で耐えられない。十代目には俺の葛藤を話せない。
「やっぱ難しく考え過ぎなんじゃね?」
首を傾げる山本は、やっぱり俺の話を聞いていたのか心許なかった。アドバイザーとしては最低ランクの男だな。
「折角好きな奴がお前のこと好きって言ってんだから、余計なこと考えねーでやれるとこまでヤっちまえばいいのに」
「!?」
おまっ、何つー破廉恥な……!!
「健全な男子なら誰でも考えるだろー?男だけどツナなら、なんか俺でも全然アリだし」
「てんめえェェェェ!!イカガワシイ妄想で十代目を穢すんじゃねーーー!!!!」
 
「俺がどうかした?」
「じゅっ…………!!」
「お、ツナ!」
山本は何も無かったように十代目に声を掛けたが、俺はそのお姿を直視出来なかった。破廉恥発言を口にした方が平然としてるって、この状況間違ってないか?
弁当包みを手に屋上へと現れた十代目は、見たところ怪我一つされておられない。ちらちらと横目でお姿を観察しつつ安堵の息を吐いた俺は、十代目が当然のように俺の隣に腰を下ろされたことで再び息を呑む羽目になった。
「雲雀の話って何だったんだ?」
「うーん……」
「ひょっとして、獄寺とのことだったりして」
「うん、それがね。……あれ?山本に俺言ったっけ?」
弁当包みを開きながら、ぱちくりと瞬きされる十代目。か、可愛ぇ……。
俺が一人めろめろになっていると、山本の奴、こっちに話を振ってきやがった。
「今、獄寺から事情を聞いてたんだ。なー?」
「お、おう……」
お耳に入れたくないことばっか喋ってた俺は、サツに尋問されてるような心持ちで冷や汗をかく。が、幸いにも十代目は話の中身に突っ込んでこられなかった。
「ふーん、……そっか」
納得したように呟く声音が何故だか寂しげに聞こえ、俺は驚いて隣を顧みる。玉子焼きに箸を伸ばしておられる十代目の表情はいつもとお変わりなく、俺は自分の錯覚に一人首を捻る。
「で、雲雀は何て?」
「獄寺君と付き合ってるのは本当かって、確認」
俺が唸っている間も、十代目と山本は話を続けている。部外者なのは山本であるにも関わらず、俺だけハブられているような気がしてきた。納得いかねえ。
「公園で俺が告白したとか、何故か知ってるんだよね。あの時近くに並中生どころか、離れた砂場に子供が二三人居たっきりだったと思うんだけど」
あの人の情報収集力って一体どうなってんだろ。げんなりと呟きつつ、十代目は肩を落とされた。
「面白れーよな!」
全く空気の読めないコメントを寄越すのは勿論山本だ。
「大丈夫でしたか十代目。雲雀の奴、何か難癖でも付けてきたんじゃあ……」
「……大丈夫だよ獄寺君」
心配してくれてありがと。宥めるような微笑に天を舞う心地になっていた俺は、――どうしようもない間抜け野郎だった。
十代目がどことなく元気の無いご様子だったことに、不意に感じる違和感の理由に、自分の悩みと煩悩でいっぱいいっぱいだった俺は気付けず終いでいた。
 
 
******
 
 
放課後、十代目は補習があるとかで、俺に先に帰るか補習が終わるまで待っているよう仰った。勿論俺は待つと答えた。今日一日を一緒に過ごしていながら、未だに顔を合わせるだけで心臓が爆発しそうな有様だったが、だからといって十代目と下校デートする機会を自ら失うなんて、恋する男として選べる訳がねえ。
絶対に待ってます!と断言した俺に、十代目は笑って頷いて下さった。……しかし。
「何処ですか、十代目ェ……」
今現在、俺は校内をあてどなく彷徨っている。大人しく待つのに耐えられなかった俺が十代目のご様子を探ろうと教室を覗きに行けば、釈然としないことに中はもぬけの殻だった。十代目はいらっしゃらない。
途端不安になって、俺は十代目のお姿を探している。俺がいない隙に、タチの悪い輩に絡まれてるとか、あんなに魅力的な方だから告白されてるとか。うおお!んなの許せるか泥棒猫がァァ!!
想像内のへのへのもへじに嫉妬するあまり、俺は髪を掻き毟らんばかりだった。人気の無い場所を選んで捜索を続ける。十代目ご自身がありもしない補習を口実に俺を避けた可能性には見て見ぬ振りをした。だって待ってても構わないと仰ったんだ。
そうして体育館の裏手なんてベタな場所に足を踏み入れた俺は、己の想像が当たっていたことを知る。
「〜〜〜〜!!」
何を言ってるかまでは聞き取れないが、間違いなく十代目のお声だ。誰かと口論しているような調子に、俺の心は騒めいた。相手は誰だ?何となく聞き覚えがある気もする、男の声が複数だ。
気付かれないよう、忍び足で近付く。離れた場所から気配を窺うのに限界を感じ、茂みに潜んでより接近を試みた。
いた。あの後頭部はやはり十代目だ。一体何の話を……。
息を呑む俺の耳へと、十代目のお言葉が明瞭りと飛び込んできた。
 
「確かに獄寺君とは別れるつもりですけど、それとこれとは……」
 
「何故ですか十代目ェェェェェェ!!!?」
十代目のご発言に仰天するあまり、俺はつい隠れていたことも忘れ、茂みの中から躍り出た。
「獄寺君!?」
突進してくる俺に驚いているのは十代目お一人で、リボーンさんも雲雀の野郎も眉一つ動かさない。何故二人が此処にいて十代目と俺の話をしているのか、雲雀がリボーンさんに俺達の交際を告げ口しやがったのかもしれないと推測したのも後刻のことで、その時の俺はただひたすら十代目のことしか考えていなかった。
乱入してきた俺に言葉を失っていたのはほんの数瞬で、事態を呑み込んだ途端、十代目の瞼は沈痛げに伏せられた。
「獄寺君、……もういいから」
「どういうことですか!?俺と別れるって」
「もういいんだ、ありがとう」
話が噛み合っていないことに苛々する。十代目は俺の言葉を聞いてくれない。何を仰っているかも理解出来ない、不吉な予感だけが膨らんでいく。こんな謝礼は聞きたくない。
「もう無理しなくていいんだ。俺が一方的に好きなだけで、君は俺のことボスとしか思ってないのに、君が嫌って言えないのを利用して。……リボーンの言う通りだよ、卑劣で最低だ」
ご存知だったのか。十代目の告白に頷いた動機が決して恋愛感情からではなかったと知っていて、十代目はご自分の行いと俺の態度に傷付いておられる。俺は驚いたが、改めて考えると昨日だって「本当の恋人みたい」という表現を使っておられた。十代目にとっても、この一週間は恋人の真似事をしていたに過ぎなかったのか。
「獄寺君が付き合うって言ってくれた時は嬉しかったけど、俺が間違ってたんだ。別に君は俺のことなんか好きじゃないって思い出す度に虚しくなって……」
十代目が唇を噛み締められる。その体が小刻みに震えている。俺の所為だ。
そうやって悩んでおられることに、恋人のくせして俺は全然気付けなかった。客観的に見れば、確かに十代目の行いは誉められたことじゃない。だけど俺は嬉しかったんだ。俺は間違えた。本当に十代目のことを大切に想うなら、簡単に頷いちゃいけなかった。恋を甘く見ていた、現に俺も振り回されている、この感情を。
「俺はあなたが好きです!!」
「………え?」
「好きです。別れたくありません」
哀しい告白を止める方法を他に思い付かず、いやそうじゃない、胸を衝く形容し難い感情のままに、俺は愛しい方を抱き締める。羞恥なんてこの時ばかりは脳裏から吹っ飛んだ。
「うそ。獄寺君、恋人止めるからって、解雇したりしないよ?」
信じて頂けない。今までの俺の不誠実さを思えば、この反応は当然だ。腕の中の体は怯えたように震えている。多分、俺の拒絶を恐れて。
「本当です。気付いたんです。俺はあなたが好きなんです!!」
「……うそだぁ」
「好きです、愛してます」
信じて頂けるまで何度でも繰り返すつもりだった。全世界に向けて宣言してやっても良い。俺はこの方を愛している!!
十代目は、忙しなく呼吸を繰り返しておられた。俺の肩口に額を押し付けている為、表情は窺えない。
「……信じても、いいの……?」
やがて、根負けしたように、俺の背中に手を回された。恐る恐るの覚束ない手付きが愛しく、俺は十代目を掻き抱く腕の力を強めた。制服の布地越しに伝わってくる、互いの鼓動が驚く程速い。
「俺、卑怯で我儘で、すっごく嫌な奴だよ?獄寺君も今回のことでわかったでしょ?」
「信じて下さい、俺はあなたが良いんです」
「ごっ、獄寺くん……っ」
十代目がお声を詰まらせ、そしてわんわんと声を上げてお泣きになる。ブレザーをハンカチ代わりに濡らされても、俺は幸せなだけだった。
「ごめんっ、大好きなんだ、俺も別れたくないよぉ……!」
「じゅうだ、…沢田さん……」
しがみ付くお体をそっと引き剥がし、俺は名実共に恋人となった人の顔を覗き込む。泣き過ぎて腫れぼったくなった目尻がいじらしく、また何処か色っぽい。半ば無意識だろう幼い媚態に誘惑されるまま、俺は少し顔を曲げると己が顔を近付け……
 
「はい、そこまで」
「っ!?」
「ひ…っ、ヒバリさん!」
唇が触れ合う寸前、割って入った声に、俺達は第三者の存在を漸く思い出した。驚いた俺がつい拘束を解いた隙に、自由の身になった十代目はそのまま三歩後じさって距離を作られる。ちっ、残念なことをしてしまった。
「見せ付けるにしてもやり過ぎじゃない?君達」
「すっ、すいません!あのあの」
頬を紅潮させ、ばたばたと混乱のままに両手を振り回す仕草がお可愛らしい。半眼で俺達を睨んでいた雲雀の野郎も、「鳥肌が立ったよ」などと悪態を吐きつつ十代目に対しては刺々しさを削ぎ落としている。……それはそれでムカつくな。
「残念だったね、赤ん坊」
「……ふん、バカップルどもが」
苦々しげな表情を崩されないリボーンさんと、俺には理解出来ない遣り取りを交わした挙句。
「じゃあね沢田。ソレに飽きたら何時でもおいで、赤ん坊の思惑は関係無しに待ってるから」
更に意味の解らないことをほざきつつ、ぶつぶつと口中で罵りらしきことを呟き続けているリボーンさんを促し、案外従容と背を向ける雲雀。
「意外といい人なのかな、ヒバリさん……」
「まさか!」
事情が全く解らないながら、それだけは無いと全力で否定した。だって、俺達を引き離そうとしたのはあいつの仕業なんでしょう?
「違うよ、俺が一人で空回ってただけ」
獄寺君のこと信じられなかったし、信じようとしなかった。もうすっかり吹っ切れたお顔で、十代目は恥ずかしそうに頬を掻く仕草をされる。空の薔薇色を映した瞳に悲嘆の影は既に無く、外見も中身も真っ黒に違いない小姑連中もその場におらず、腫れぼったくなった十代目の瞼だけが今の心臓に悪すぎた一幕の名残だ。
潔いです、十代目……!!
この方に偉大なボスの風格を感じ、益々愛の炎を大きく燃え上がらせた俺は、その威力でとてつもなく善いことを思い付いた。俺は恋を知った。それは何よりも俺を強くしてくれる。
「お願いがあります、十代目」
「………何?」
今し方信じてくれると仰ったばかりなのに、肩から背にかけてのラインに警戒を潜ませる十代目は、まだ少し俺の本心を疑われている。
俺は出来るだけ恭しく且つ有無を言わせない力で、そのお手を取った。
「俺の傍にいて。俺とお付き合いして下さい」
実際、返答は訊くまでもない。十代目は俺の告白ににっこりと破顔され、ゆるゆると唇を開かれる。
 
 
 
 
 
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