一般の入院患者は決して足を踏み入れない、位置すら知らない場合も多いかもしれない。
院長室の更に奥まった場所、その部屋は存在した。
視察という触れ込みと聞いたにも関わらず、少なくともロイが扉を開いた時、他に第三者の姿は見当たらない。
「――やぁ。奇遇だね、マスタング」
明らかに待っていたと確信させるポーズで、いけしゃあしゃあとそんな台詞を吐く。
「アーチャー……」
ゆったりと来客用のソファに座る旧知に、ロイは非友好的な渋面を向けた。
「そんな怖い顔はしないでくれたまえ。久しぶりに会ったんだ。ゆっくり話でもしようじゃないか」
おどけた風に肩をすくめると、自分の向かい側のソファーを示し、掛けるように促す。
そんなアーチャーの提案を無視すると、ロイは努めて冷静に口を開いた。
「何をしにきた。視察というのは口実だろう」
「さて。何のことやら」
「はぐらかすな。…昨夜の刺客もお前の差し金だろう。違うか?」
畳み掛ける様に問えば、アーチャーの顔から笑みが消える。
「…やはり勘が良いね君は」
冷ややかな表情でそう言うと、ソファーから立ち上がりロイとの間合いを詰めてくる。
一歩、二歩…。ロイは動かない。
ロイに対峙すると、アーチャーは彼の顎に指をかけ、顔を此方に向かせる。
「君の実力は高く評価していたのにまさか裏切られるとはね」
「飼い犬も時には主に噛みつくさ」
顔を背けることはせず、ロイは真っ直ぐに睨みかえした。
「全く…研究室に火を放ち騒ぎに紛れて逃げ出すとは」
アーチャーはロイの射るような視線に負けない鋭さで睨みかえす。そんな彼の言葉にロイの脳裏には忌々しい記憶が蘇った。
5年前―。思えばあれが全ての元凶だった。
自分の書いた論文が一国の命運を左右する大罪だと気付いた時…プロジェクトは本人の預かり知らぬ所で始動しようとしていた。
全てを抹消する為に研究室に火を付けた。
燃え盛る火に全てが浄化されるようだ…そう思った。
その火は研究者を一人行方不明にし、研究室を一つ焼失させただけで鎮火した…。
「単刀直入に聞こう。君はまだデータを持っているだろう。それを渡したまえ」
まるでデータはまだ存在していると言わんばかりだ。
そんなアーチャーの問いに、ロイはすげなく返す。
「そんなもの在るわけがないだろう。あの火事で全て焼き捨てた」
「ロイ・マスタングともあろう者がそんな迂濶な事はするまい。君の事は誰よりもよく知っている。持っているんだろう?」
「だからないと言っている」
顎を捕えた指を手で払い除けながらロイは再度否定した。
「そんなに在ると言うなら調べてみればいい」
ロイの挑発を顔色ひとつ変えずに聞き流すと、アーチャーは払い除けてきた彼の手を捕え自分の方へ引き寄せる。
そしてその耳元で冷たく言い放った。
「ならば調べさせてもらいましょう。隅々まで余すところなく…ね」