「…期待を裏切らない男だなアイツ」
「とかなんとか言っちゃってそう仕向けたのは兄さんだろ?」
頃合いを見計らって病室に戻ってみれば案の定もぬけの空で。半ば呆れた様に兄弟は顔を見合わせた。
「…兄さん。目が笑ってるよ」
「気の所為だろアル。しっかし参ったなぁ」
「…全然参ってるようには聞こえないよ」
心なしか声が弾んでいる兄をアルフォンスはたしなめる。
と、凄まじい勢いで病室のドアが開き、珍しく慌てた様子でホークアイが入ってきた。
「エドワード君、アルフォンス君、マスタングさん!」
「「うわっっ!」」
病室に二人の姿を確認したホークアイは、険しく強張っていた表情を僅かに緩めた。全力でここまで走ってきた所為でほつれ始めた髪を、手で撫で付け整える。
「ごっ…ごめんなさい!目を離した隙に逃げられちゃったんです…」
「仕方ないわ、あなた達だけでも逃げなさい」
ホークアイのただならぬ様子を姿が見えないロイが原因と考えたアルフォンスの想像は外れていた。
「さっき、この病院への爆破予告が届いたの。他の患者さん達も順番に避難しているところよ」
 
 
 
アーチャーは完全に己の勝利を確信していた。
重傷のロイは、孤立無援で罠に絡め取られている。強情な口は無理にでも開かせる自信があった。
「なるべく手荒なことはしたくなかったのだがね……」
捉えたその腕をより近くに引き寄せようとして。
――油断に気付いたのは、我が身を襲った衝撃が投げ飛ばされたが故と自覚した後だった。
拘束された腕を自分からも掴み返し、捻り上げるようにして力を加えると、ロイは状況を把握しきれていないアーチャーを横倒しにしてカーペットに叩きつけたのである。
「ぐ……うっ」
倒れ伏す背中を左の掌で押さえ付け、苦悶に反り返った顎の下に右腕を回して首を締め上げる。
「お、のれ…っ!」
「護衛を連れてくるべきだったなアーチャー?実に忌々しいことだが、私もお前が非力な学者崩れだとよく知っているんだ」
荒事の直後にも関わらず、僅かに息を乱しただけのロイは吐き捨てた。
首を絞める腕に力を籠められ、アーチャーは元から血色の悪い顔をますます蒼白に変えつつある。
「今の話は矛盾しているな」
背後から淡々と、今し方のアーチャーと同じように耳元でロイは囁いた。
「仮に私がデータを隠し持っているとして、それなら何故取引を持ちかける前から命を奪おうとした?持ち主が死んでしまえば隠し場所も判らなくなるだろうに」
「相変わらず…察しが悪…いなっ、脅しの為に決まっている……」
「黒幕は誰だ?」
びくりと、電気ショックを与えられた瀕死の患者の動きでアーチャーの体が痙攣した。
「言っている意味が…!」
暴れて抵抗するアーチャーの体を押さえ付けようと、ロイはその体の上にのしかかる。
「確かにお前はあの研究室の所長だった。しかしあんな巨大な規模のプロジェクトを、その程度の立場で動かせるものか」
自嘲に口元を歪めたロイは、ようやく確かな手応えを得た感触を手にしている。
散々無駄足を踏んで、やっと真実に一歩近付けている?
「私の気質を承知しているなら、あのデータを公開する筈がないとも解っていたろう。今になって刺客を送り込んでいるのは、私が裏を探り始めたと知ったからだ。違うか?」
アーチャーは権力欲も強いが自己愛も強い男だった。手の内に切り札を用意していない状態で、他人を庇ってこれ以上身を危うくするとは思えない。
確信と同義のかまをかけながら、ロイはやや腕の力を抜いてアーチャーの返答を待った。
「……全く。だから君は愚かだと言うのだよ、マスタング」
しかし、洩らされたのは苦笑とも嘲笑ともつかないそれ。
抵抗を止めたアーチャーは、疲れたように体の力を抜いた。
「私が首魁でないと察しているなら、今日ここに現われた理由も推測出来るだろうに。病院の建物は、あと十分もしない内に爆破されるのだよ。……君と囮の私ごと」
「なッ!?」
……思わず、ロイは人質から身を離した。
奇妙にさっぱりとした表情のアーチャーは、使命を果たした者の満足を見せて強張るロイの顔を眺めている。
「素直に君が吐いてくれていたら、私から連絡を入れて中止にも出来たのに。これは自業自得だよ、マスタング」
 
 
 
 
 
〈続〉
 
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※梓コメント
実はこの時馨兄さんと梓の間では、熾烈な「アチャロイかロイアチャか」バトルが繰り広げられていました。