ロイがエドワード・エルリックに再会したのは、それから三日を数えた後である。
流石にキレた友人の怖さを(様々な意味で)思い知った直後でもあり、談話コーナーに足を運んだのは純粋に気分転換の為であった、とはいえそれすら露見すれば雷が降ってくるような所業ではあるが。
「おや」
ベンチに腰掛け缶コーヒーを啜っている人物を視認し、ロイは片眉を上げて苦笑した。
一度意識野に入れてしまえば、非常に目立つ風貌の少年である。
本来は手足の欠損を誤魔化す意図があるだろう大き目のパジャマは、性別を判りにくくさせている原因でもありそうだった。右袖は変わらずだらりと垂れ下がっているが、左足の部分には簡単な義肢が装着されている。
「やあ、エドワード君」
「……あんたか。先日はどうも」
数々の女性を陥落させた必殺の微笑を浮かべて近寄れば、気のない素振りで生返事を返された。感謝していたという話とは随分印象が違う。
「今日は車椅子じゃないんだね」
「車椅子はあそこ」
隣に腰掛けても邪険にする訳でもないので、ロイはそのまま居座ることにした。
「義足と松葉杖があれば、二十歩は歩けるよ。いざという時に自力で動けないのは怖いから練習してる」
エドワードは簡単に言うが、ただでさえ筋力を必要とする以上に、片腕のない状態ではバランスを保つのも至難だろう。
「ふぅん、何をやらせても器用にこなすんだね」
うっすら微笑ったロイに不穏なものを感じたのか、少年の眉が吊り上がる。上目遣いに睨み上げる瞳の色がやっぱり綺麗だと、内心ロイは感嘆している。
「まさか入院先で天才少年のE.エルリックに出会えるなんて、世の中どんな偶然があるか解らないな」
半ば意識が朦朧としていた時点では気付かなかったが、その名前は数年前から医学や自然科学系の学術雑誌でよく見かけていた。
E.エルリック。論文内容の斬新さ高度さに加え、十五という冗談のような年齢が話題を呼び、学会の寵児として一部の世界では有名な存在である。少年の担当医らしいブロッシュ医師よりも、ひょっとすれば医学的知識の量は上かもしれない。
大人からの賛辞を面映ゆく聞くようなら可愛気もあるが、頭脳に比例しエルリック少年は余り子供らしい子供ではないようだった。
「天才ねえ……、マスタング教授に評価頂けてるとは光栄だよ」
鼻で嗤うように、エドワードは切り返してくる。
「私は専門職の人間じゃない、ただの一般人だよ。研究所もとっくに辞めた」
両手を上げて降参のポーズを取っても、ロイに向けた眼差しは硬いままだった。唇だけを歪める、不敵な笑みが浮かんでいる。全く以て子供らしからぬ。
「退職したのが五年前。オレが論文を発表し始めたのが二年前。オレの名前を知ってるなんて、勉強熱心な一般人だ」
ロイが言葉に詰まったことを察知して、勝ち誇った顔をされる。当然ロイとしては面白くない。
「かなり私のことを調べてくれたようだね」
ねっとりと耳元で囁くようにすれば、隻腕の少年は左手で耳を押さえて身を捩る。かなりの嫌がらせになっているようだと、ロイはほくそ笑んだ。
「あ、あんたもだろ?」
「そうだねえ、病室の部屋番号も知れれば嬉しいんだが」
「オレはそこまで知りたくない」
「じゃあ私は教えないから、君だけが教えてくれればいいだろう」
「アンフェアだろそれは!」
「君は私に借りがある筈だがね。助けた礼と思えば安いだろう?」
「……知りたがりも過ぎれば身を滅ぼすぜ」
形勢逆転。うぅと低く唸ってエドワードは目を忙しなくきょろきょろ動かした。
言い負かせばそれで満足なロイは、真剣に苦悩する少年に助け船を出そうとした。
「いや、そこまで…」
「分かった、別の情報で購う」
しかし、エドワードの方も勝手に結論を出したようで、ロイのパジャマの襟をぐいと引き寄せた。
自然屈み込み、見つめ合う体勢に既視感を覚えながら、
「何だい?」
ロイは促すように問い掛ける。
「この病院も安全じゃない……解るな?」
告げられた真意に、ロイは一瞬呼吸を止めた。これも既視感。
じわりと、時間と共に言葉が染み込んで、ロイは高揚感に身を震わせた。
「……ああ。つまり」
 
「逃げる必要はないということだろう?」
 
返されたのは無言の肯定。
どうやら、エドワード・エルリックは想像以上にロイの事情に詳しいらしい――。
「やはり幼いのは見た目だけ…か」
一を得て十を知るような彼の言動に、ロイはつくづく感嘆する。
しかし、その一言がエドワードの地雷を踏んだ。
「だ〜れが豆粒ドチビだぁあぁぁ?」
地を這うような声音と共に、エドワードは掴んだままのロイの襟元を締めあげる。
その本気の腕力に、ロイは慌てて彼の腕を叩いて降参の意思表示。加えて苦しい息の下で謝辞を告げればようやく襟元から手が離れた。
「兎に角、解ったなら大人しく養生しろよ」
そう言うとエドワードは器用に松葉杖を操り、車椅子に腰掛ける。
片手で漕いでいこうとするので、後ろから手伝うことにした。
「自分で漕げる」
ムスッとした風にエドワードが言う。
やっと年相応な反応が返ってきたことに少し喜びを感じつつ、ロイは軽い口調でやり返す。
「漕げるだろうがまた階段から落ちる羽目になるぞ?」
身に覚えがあるエドワードはそれ以上何も言えない。
大人しくロイに押してもらい、病室まで戻ることにした。
 
 
 
 
 
〈続〉
 
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