一種の強迫神経症と言えるかね。不合理だと自覚していながら、自己の意志に反した観念や行為が現れる」
「脳内モルヒネ、まあ麻薬みたいなモンだけど、それを分泌して酩酊状態を作り出しているうちは良いけどね。エンドルフィンが切れてきた後は現実が待っているだけ、かな」
「ラリってる間は見えなくても、一時の誤解で見た夢はいつかは醒める。鎮痛効果や快感を引き出すエンドルフィンが切れてくるのが、大体三年後」
「恋愛三年説とか四年説とかあるのは正しいだろうね。実際に証明出来る。まあ、私達仙人は何事も気が長い方だからひょっとすると三十年くらいは持つかもしれないけど」
「恋愛は何も神聖で特別なモノじゃない。胸はこの一連の症状には無関係だから」
無機質な声は、感情が籠もっていないからこそ、天啓に聞こえる。悪魔は、きっと、もっと優しい。
知っていた。恋は、いつかは冷める。
それは、きっと意志の問題じゃなくて。
僕が包んでいたはずの望ちゃんの指は、いつの間にか立場を変えて僕の手を握っていた。安心させるように。
僕達は何も持っていないんだ。お互い以外は何も。
他に、何も要りません。この手さえ残してくれるなら。
 
……何に祈れば良いのだろう。この残酷な世界で?
 
 
 




 
至福三年 
 



CHAPTER5〜麻雀大会〜

 
暖簾を持ち上げるような手つきがサマになっている。といって注目している者もいないが。
天幕の内へ一歩足を踏み入れた太公望は、若者の持つ特有の活気に好々爺の如く顔を綻ばせた。
灯火の点る内は、心なしか空気まで暖かいような雰囲気を醸し出す。
「あーははははははははは!!!」
「ちっくしょーっ!!また負けたー!!」
「なんでこんなに強いさこの女……」
じゃらじゃと、牌を掻き回す賑やかな音が響く。
「なんだ、おぬしら麻雀か」
のほほんとした声を掛けられて、勝負に熱中していたギャンブラー達は初めて訪問者の存在に気付いて振り返った。
「よお、晩メシぶりー」
一応天幕の所有者ということになっている姫発が、代表して片手を挙げる。
天幕の中央、簡易麻雀卓を囲んでいるのは、姫発・天化・蝉玉のお騒がせトリオ、プラス人数合わせに参加させられているらしい土公孫。卓の端に当然のように置かれた小銭の山がこれが仁義無き賭博勝負であることを主張していたが、彼らの表情に犯罪現場を発見された後ろめたさは見あたらない。
「どれどれ、ひいふうみい……と。蝉玉の一人勝ちでないか」
それは太公望も同じで、咎める風もなく一番手前に座っている天化の背後からひょいっと卓上を覗き込んだ。一瞬の内にそれぞれの点棒の数を数えると、呆れたような声をあげる。
しかも二位は土公孫。青年二人が夫妻にカモられているという構図らしい。
「んふふふふっ。そうだ、アンタも混ざりなさいよ。弱い奴を相手にするのも飽きちゃってねー」
言って手をひらひら。
「ほら天化。アンタ一番弱っちーんだから退きなさいよ」
「なっ、ナニサマさ……っ」
犬を追い払うような仕草に加えこの暴言に、天化は深く傷ついた。
一方、余裕で見下ろす太公望。
「ふふふ、麻雀花札ポーカー、およそ金の絡んだゲームでは百戦百勝を誇るこのわしに勝負を挑むとは良い度胸だのう!!」
「望むところよ、その不敗伝説あたしが突き崩してあげるわ!!」
睨み合う両者、熱い戦いのゴングが響こうとしていた……風に見えたが。
「……まあ今はそれどころではなくての。勝負は今度の機会に取っておこう」
あっさりとした試合放棄に、蝉玉だけでなく他の面子もがくりと体を傾がせる。
「ちぇー、つまんねぇのー」
「先刻から普賢を探しておるのだが……。あまりにもこの天幕が騒々しいゆえつい立ち寄ってしまってな。おぬしら、あやつの居所を知らんか?」
唇を尖らせる姫発に苦笑を返すと、太公望は妙に可愛らしい仕草で小首を傾げる。
「……ふ、普賢真人様?さ、さあ、夕食以来見てねえさ」
一瞬前の不貞不貞しさは何処へやら、あまりにもらしくない様子の太公望に度肝を抜かれた天化がついどもるのにも構わず、なおも首を捻る。
楊ゼン相手に印象最悪な挨拶を交わしてから約半刻、何事もなかったかのように『散歩』から戻ってきた普賢は結局人間界で一泊することになり、現在に至る。
行儀良く出された食事に手を付け、にこにこと出ていったのまでは見たのだが。
「折角天幕にエキストラベッドを入れたのにのう」
子供っぽく頬を膨らませる太公望の、幼馴染みのことを語る際だけの常とは違う様が気にならないのか、蝉玉一人はあっけからんとしている。ぽん、と手を拍った。
「あ。そーいえば、楊ゼンの奴も見ないわねー」
「晩飯の時から居なかったぜ」
場の会話に無関心を通していた土公孫も相槌を打つ。
「豊邑からは帰ってるんだよな。な、太公ぼ……う?」
昼間の出来事を思い出し、不機嫌さの復活した姫発が渋々ながら確認を取ろうと顔を上げて、そして目を丸くした。
いつも飄々とした余裕の態度を崩さない太公望が、不機嫌になるでもなく……これは恐怖?
唇だけで、何事か小さく呟く。「あやつ」とだけは判読出来たが、その先は判らない。
「お……おい?」

は、と我に返ったらしい太公望はいつもの不貞不貞しい策士の表情に戻り。
「……あ、と。心当たりを思い出したので行ってみるよ。おぬしらも麻雀頑張れよ」
手近にある天化の頭をぽんぽんと軽く叩いて。
入って来た時と同じく、いきなりの退場。
「……どうしたのかしらねぇ……」
触れられた頭頂部分に手を当てて複雑な表情をしている天化も、ますます不機嫌さを増した姫発も、最早習慣のように伸ばされた蝉玉の腕を咄嗟に避けた土公孫も。
感想は、同じだった。
 
 
 
 
 
砦の建設予定地。
人っ子一人見当たらない不毛の地を、散歩するような気軽さで普賢は歩いていた。目的地は、昼間不時着した己の宝貝ロボ。
暗がりを透かし見て、意味深な微笑みを浮かべる。
「――待たせちゃったかな?」
誰もいないと思われたその場所には、先客が居た。
しゃがみ込んで愛犬を構っていたらしいその影は立ち上がり。
 
「果たし状ありがとう。――楊ゼンくん」
暗がりの中、睨み合った。
 
 
 
 
 
 ← 駄文の間に戻る → 


……なんか、今回は全く本筋に関係ないシーンで終わってしまいました……。毎回、妙にメインキャラ外ばかりが出張るんですよねぇ……(がっくり)。これが楊太+普だと言って、一体何人の方が信じてくださるのか……。
どこが「次回で」ですか。管理人、詐欺罪で実刑判決食らいそうです(死)。
でも、このシーンが一番楽しかったぁ(^_^; 元々お騒がせ三人衆+αは出したかったのですよ。何故ならこの話は微妙に「徒花」の続きだから(今更…)。
一応、書いた話全体の辻褄を合わせたいなぁというのが大いなる野望で(遂行度はかなり危ういですが)。特に続き物、として意識しているようなのもちらほら。

……というのもあって、今回思い切ってタイトル部分のレイアウト変更してサブタイトルも付けてみる、という暴挙に出ました……。
一度発表した物に手を加えるというのは、ちょっと自分でも仁義なってないかなとも反省するのですが。
……実は結構やってるのです、誤字の直しとか文脈が通じてない部分のリテイクとか。ストーリーまでは絶対変えませんけれど。
こんな弱小サイトだからこそ、これから先も初めていらしてくださる方というのはいると思うのですよ。その時に、ほんの少しでもマシな物をお届けしたい……と思ってしまって。だからといって最初にアップした物が手抜きだったという訳でもなく。その時の精一杯だった訳ですけど、それでも「こうすれば少しでも良くなるかもしれない…」というのは出てくるもので。元々リテイク魔ですし(苦笑)。
ただ、幾らでも直しが出来るネットという環境に甘えているのは事実で。その点は猛省することしきり。

愚痴は大概にして。っていうか今回、特に日本語がぼきぼき(死)。
とうとう広辞苑じゃ知識が足りなくなり、引っ張り出してきたのが「ブラインド・ゲーム」と「動物のお医者さん」←何故!?
馬頭琴の時といい、つくづく漫画が教科書。
麻雀、全くやったことがないのです。絶対描写変でしょうけど、お許しを……。(-_-;;

過去最長になってしまったこの連載、あと二話で完結の予定……って……またウソ予告になるかもですが……(死)。
最後まで見捨てずについて来てくださるという奇特で心優しき方(いるんだろーか…)、よろしくお願いいたします……。