枕よし。モモよし。雑誌よし。
準備万端整って、さてこれからダラダラ過ごそうとしていたら。
 
………ダダダダダダダタっ、ばたんっっ!!
 
太公望は、口に含んだ桃を吹き出しそうになる。
「ぬおおっ!?なんなのだ太乙!!!?」
「助けて太公望っっ!!!!」
 
開け放たれた扉の向こうには。
「死ね」
 
「うわあああ殺されるうううぅぅぅぅぅうううっっ!!!」
「ちょっ、なんでわしまでっっっ!!!!?」
 
 
ちゅどーん。
 
西岐城内に爆発音が響き渡った。
 
 
 
 
 

はつ

 
 
 
 
 
「……と、いうわけなのだ……」
頬杖を付いたまま、やや遠い目線で、太公望師叔は窓の外を眺めた。つられて僕も視線を走らせたが、雲一つない青空が広がっているだけで変わった物は見当たらない。すぐに飽きて、向かい合わせに座る上司へと向き直った。
咄嗟に打神鞭で防御したおかげで傷一つなかったらしい。自業自得の太乙真人様まで庇うことなんてないのに、と思うと腹ただしい。
どうせ、修理中に恒例の親子喧嘩を始めたとか、そういったところなのだろう。ただでさえ魔家四将の所為で戦力不足になってるっていうのに困った人達だ。
「それはそれは。僕に仕事を全部押し付けてダラダラしようとしていた罰があたったのかもしれませんね」
思わず八つ当たり混じりに嫌味を吐くと、嫌そうに眉を顰めた師叔は、がっくりと肩を落とした。頬杖を付いていた顎がずり落ち、机の上に突っ伏してしまう。
「ああもう、だべってる暇があったら書簡の確認お願いします」
目もくれずに筆を走らせている、フリをしておく。案の定、師叔はふて腐れたような顔をして、足を執務机の上に投げ出した。
「あっ……と。墨が零れたらどうしてくれるんです」
「ふん」
そっぽを向かれる。………あああ、なんでこんなに可愛くない人を好きになっちゃったんだろう。思わず嘆息が漏れた。
 
この想いを自覚したのはずっと前だけど、打ち明けられないままずるずるとこんな状態が続いている。こんな風に一つの空間を共に出来るだけで幸せです、という時期はそろそろ過ぎてきた頃で。
でも。
書簡からちらりと視線を上げると、目の前の人は朱で添削を入れている。しぶしぶながらといった体で、眉間には皺が寄っていた。
そう。男同士だから、といった根本的な問題の前に、こんなギスギスした状態で告白しても本気に受け取って貰える可能性は低いんだよね……。はぁ。
「……おぬし、溜息の吐きすぎだ」
「ええ、誰かさんの所為で」
嘘じゃないし。
「ぐああ!ムカツクのうっっっ!!!」
「それは光栄ですねー」
っていうか……嫌われてるかもしれない。でも僕の言い方も随分悪いけど、わざと人のことを怒らせて楽しんでいるフシがこの人にはある。
ある意味屈辱かもしれない。百戦錬磨のこの僕が!告白する隙も見出せないなんてっ!
……このままでは自信喪失してしまいそうだ。
そう、ちゃんと想いを伝えるなら、こんな色気のない場面じゃダメだと思うんだよね。ほら、やっぱり初めが肝心だって言うし。
例えば、哮天犬に二人乗りして人気のない野原とかに行って。そこでは花が咲き乱れてたりして、なんとなくこうお互い素直な気持ちになって。
林檎の木の下で一休みしながら、馥郁たる風の香りを楽しんで。僕を見てにっこり笑いかける師叔に花束を差し出しながら……うん、師叔に似合う白くて可憐な花がいいな……。
『お慕いしています、太公望師叔。これからは、あなたの笑顔も涙も、僕に下さると約束してくださいませんか……?』
こう、気品溢れる王子スマイルで花を差し出す僕に師叔は真っ赤になって、はにかんで目線を逸らせる。
『わ、わしも、本当はおぬしのことが……』
花束に顔を隠すようにして呟く可愛い人を僕はそっと抱き締めて、そして二人は……
 
「……ゼン、楊ゼン!」
「師叔………」
ふふ、愛してます……。
「くぉら楊ゼン!!先刻から人の話を聞いとらんな馬鹿者!!!」
「痛っ!!」
怒鳴り声と共に頭に固い物がぶつかった。
瞬きすれば、花束ならぬ書簡片手に荒く息を吐く太公望師叔の姿が。それで僕の頭を殴り飛ばしたらしい。
い……、いけない。思わず自分の想像にトリップしていたようだ……。
「す、すみません……。で、何のお話だったんですか?」
「うむ。今夜おぬしの部屋に泊まるということだが」
 
………………。
 
「あの……、お話の趣旨が……?」
よく解らないんですが……。
「だから、わしの部屋はナタクの爆撃の所為で滅茶苦茶になっておるのだ。武吉たちが今日明日中に修理してくれるらしいがのう」
「別の部屋を用意して貰えばいいじゃないですか!」
「それが出来れば苦労せんわ!旦の奴め、罰としてわしに野宿の刑を言い渡しよったのだ!!!」
「なら野宿なされば……」
「ダアホ!!おぬし、か弱いわしに風邪をひかせる気か!?そもそも罪のないわしが何故無体な仕打ちを受けねばならんのだーっ!!?」
「い、いえ……」
多分、僕は半泣きになっていたと思う。
だって、片想いの相手と一つ部屋で夜を過ごすって……。手ぇ出さずにはおれないでしょう、男として!!
そんななし崩し的なのじゃなくて、僕には周到な計画があるのに、僕の忍耐を試す気ですか?これは拷問ですか師叔!?
「わしと同じ部屋で休みたくないのであったら、おぬしが野宿せよ」
僕の縋るような視線を無視すると、師叔は半眼で言い捨てた。
うっわ可愛くない……。
「なんで自分の部屋から追い出されなくちゃなんないんですか……」
がっくり、今度は僕が項垂れるしかない。
「そもそも、何故そこまで嫌がるのだおぬし?」
あなたを押し倒したら困るからです、とか言ったら余計嫌われるに違いない。
「そ、それは勿論!他の方を招待出来なくなるからに決まってるじゃないですか!!」
髪を掻き上げたりして。
「むー…、色男も大変だのう……」
物凄い軽蔑の眼差しを送られる。……大失敗……。
「おぬしの乱れた私生活にまでは干渉する気もないが。……兎に角!」
椅子から立ち上がると、師叔はびしぃっと僕を指差して。
「今夜の予定ぐらいは空けておけよ!!」
何やら気迫を込めて睨み付けると、大股で歩み去っていった。
うぅ、どうしよう……。
頭痛に頭を抱え込んで。
「……あ!?師叔、仕事は―――っっ!!」
ちゃっかり逃げられたと気付いた時には、もう師叔の姿は見当たらなかったのだった……。
 
 
 
 
 
 
 
要所を残して、回廊に灯された松明も消されつつある時刻。ここへ向かう途中も、見回りの衛士と行き会って会釈された。何処へ向かうかまでは気付かれていない。
 
扉の前で、わしは大きく深呼吸した。
最終ボディチェックを済ませる。
風呂上がりの清潔かつほんのりと肌の色づいた色っぽい姿、いつもの道服ではなく薄手の単衣一枚という無防備な格好、相変わらず可愛いわし!
うむうむ、完璧だ。
気配を窺うと、よく見知った仙気が一つ。ま……まあ、流石に女を連れ込んでおるとは思っとらんかったが……。
もう一つ深呼吸。ぐっと拳を握って気合いを入れると、目の前の扉を蹴り開けた。
 
ばったーん……!
 
「予告通り来てやったぞ!!」
「よくいらっしゃいました、師叔。どうぞ中へ」
てっきり顔を顰められるかと思っておったら、扉近くで待ち構えていたらしい楊ゼンは、ゆったりと微笑んでわしを招き入れた。
「う、うむ……」
妙にどきまぎするが、……うむ。かえってこれからの計画には好都合かのう。
「酒はないのかのう」
「生憎と用意しておりませんが……代わりにお茶は如何ですか?」
卓上の茶器を指す。もとよりそのつもりで用意していたらしい。
「では頂こうか」
一つしかない椅子ではなく、あえて寝台に腰掛ける。その際、奴のすぐ脇を通ることを忘れない。洗ったばかりの髪から石鹸の香りすることは確認済みだ。
夜着の裾からわざと脛が見えるように足を組んで座れば、楊ゼンは僅かに眉根を寄せて目線を逸らせた。
しめしめ、なかなか効果はあがっておるようだのう。心中でほくそ笑む。
こちらに背を向け、茶を注いでいる背中を眺める。
一世一代のこのチャンス。今夜こそは、こやつを陥としてやるのだ。
そもそも、崑崙のアイドルとの呼び名も高いこのわしが、小娘のように片想いをしているというのが腹ただしい。よりにもよって、相手がこの色男ときたもんだ。
如何にも遊び慣れてそうなこの男なら、特別な感情をわしに抱いていようがいまいが、ちょっと誘いを掛けてやったらあっさり靡きそうなものなのにのう。常に澄ましかえった態度で、憎たらしいったらありゃしない。
……このままでは自信喪失してしまうではないか。
「師叔?」
思わず睨め付けていたら、視線を感じたのか不思議そうに振り返られる。
「いや、なんでもないよ」
誤魔化すように手を振れば、ふっとこちらを見る表情が崩れる。思わぬ柔らかさに、心臓の鼓動が早まった。ぐああ、呆けておる場合じゃないぞわし!
 
「少し熱いかもしれませんので気を付けて」
手渡された湯呑みは、確かに熱を持っている。香りを嗅ぐと、まろやかな良い匂いがした。
一口啜る。美味い。
「師匠直伝か?大したものだのう」
「お褒めにあずかり光栄です」
照れたように笑う、その表情も柔らかい。
……うむ、これはイケるかもしれぬ。
積極的に誘おうとしても、普段はお互い喧嘩腰の態度が身に付いている所為で、どうにもチャンスが掴めない。もしや完璧に嫌われておるのかとも心配していたが、この分ではそうでもないらしい。
「しかしどうした。昼間はあんなに嫌がっておったのに」
「いきなりで、驚いただけですよ。嫌がってたんじゃありません」
「そうか、良かった」
秘技!頬を染めてはにかみ笑い!心持ち顎を下げ、上目遣いで相手を見据えるのがポイントだ。
わしの艶姿を目にし、さぁっと、楊ゼンの頬にも朱が走る。
ふむ。この分では陥とすのは比較的楽かもしれんのう。例え嫌われていたとしても、わしが全力で誑し込めばどのような輩でもイチコロよ。ふふふ、覚悟しておけ!
「楊ゼン……」
「はい?」
熱っぽい視線を送ると、得心のいったように奴も笑顔になる。
手にした急須を卓上に戻す、乾いた音がする。こちらにゆっくりと歩み寄り、寝台、わしの傍らに腰を下ろした。
ぎしり、という軋みにらしくもなく緊張する。
「師叔……」
 
どさり。
 
 
「…………は?」
 
「昼間の続き。逃げられた分、きりきり働いて貰います」
な、なにいいぃぃっ!?
有能すぎて時に頭を張り倒したくなる副官は、わしの膝の上に書簡の山を積み上げてにやにやと人の悪い笑みを浮かべる。お、重みで逃げられんし……。
道理で歓待すると思ったら、おぬし、それが目的だったか!
「うぬぅ、覚えとれよ……!」
演技も忘れて睨み付けてやったら。
「お茶汲み程度なら手伝ってあげられますよ」
ふんっと、鼻で嗤う。超絶美形も台無しだのう。
余裕綽々の態度が憎らしくて、書簡の一つを投げつけてやった。……あああ、何故こんな可愛くない奴に惚れてしもうたのか、わし……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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またもや妙に間が空いて、8300ヒットされたみなぐち緑夏様のリクエスト作品……だと思います……(弱気)。
お題の発表は、後編にて発表です。
……しかし、オチが見えてるなー(笑)。

しかし、長さに対して、この内容の薄さはなんなんでしょうか……?(死)
内容の薄さは覚悟していたので(^^; もっとコンパクトに纏められなかったものやら、自分のテンポ悪さが恨めしいですねー…。
取り敢えず前半戦は一人称。お互いのずれにずれまくってる認識の確認、といったところでしょうか。