コロネロが日本の土を踏んだ理由は、ボンゴレからの要請を受けた為である。
正しくは、件の組織のドンによる私的な依頼の形を取っていた。内容は、同じアルコバレーノでありコロネロにとって旧知でもある黒衣の兇手について。
丁度コロネロが到着した時、リボーンは病院の寝台に括り付けられて昏々と眠っている最中だった。
トライデント・シャマルはこの業界では有名人だ。一見して草臥れた風体の中年男だが、油断ない視線は暗殺者特有のものだ。異境である日本の水が合ったのか、今は小さな医院を開き堅気のような生活をしているが、腕は衰えていないだろうことがコロネロには見て取れた。伊達に教官としてその筋の人間を多く見ていない。
最近は噂を聞いていなかったが、病院の設備が不自然に充実しているその資金力の源を考えると、相変わらず殺しの方も続けているのかもしれない。
「こいつともそれなりに長いが……こんな一面があったんだなぁ」
大体男は診たくないんだ、顎の不精髭を撫でつつ、検診に来たシャマルが呆れた声音で患者を見下ろす。
意識のないリボーンは、時折譫言のように綱吉の名前を呼んでいる。
正直コロネロも違和感を拭えないが、以前マフィアランドを訪れた際の傾倒ぶりを知っていたので驚きはない。昔から醒めた奴であったが、そのリボーンが我を失うくらい、綱吉の存在は大きかったのだろう。
本当に不器用だ、と夏にも抱いた感想を再びコロネロは反芻した。
生き方を変えるにしても、行動が極端過ぎるのだ。
 
 
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「………あ?」
「目が覚めたかコラ」
意識を取り戻したリボーンは見知らぬ病室と古馴染みの存在に、すぐには現状の把握が出来ないようだった。暫らく茫とした眼で天井を眺め
「ツナに……」
会いに行く、と続けようとしたのかもしれなかったが、身を起こそうと寝台に突いた手がずるりと力を失い言葉ごと動きが途切れる。不様なヒットマン。
「まだ熱が下がってないらしいぜコラ、風邪なんて軟弱な病気しやがって」
「何でテメエがいるんだ」
自分でも不本意なのか、熱に浮かされつつも喧嘩口調だけは一人前だ。
「ボンゴレ九代目に頼まれてな」
暗殺依頼でも受けたと思ったか、途端身を堅くして殺気を撒き散らす兇手は矢張り思考力も本調子でないようだ。殺すつもりなら意識のない内にあっさり仕留めていると、普段のリボーンなら言われなくとも理解しただろうが。
「お前の力になってやれだと。ついでに、ボンゴレに戻るなら今までの言動は不問に処すと伝言だ。流石名に知れた穏健派だぜ、良い人じゃないか」
「………あのジジイが俺の子を殺させたんだ」
リボーンの掠れ気味の声は、コロネロの伝えた言葉にも一向絆されることなく、ひたすら呪咀に満ち満ちている。
それに関しては何も言えず、コロネロは余計な口を差し挟まないことにした。九代目の立場も理解出来るし、リボーンの怒りも当然の物だ。
「テメエと押し問答してる場合じゃねー……ツナ、に」
「会ってくれないんだろう?」
「黙れ。今は単に拗ねてんだ。ツナが、俺を捨てるなんて、有り得ねえ」
「ふん、代わりに訊いてきてやろうか?」
コロネロの提案に、リボーンは虚を突かれた間抜け面で瞠目した。この腐れ縁相手に労るような気持ちが湧くなど前代未聞だったが、病人相手では多少甘くなっても仕方ない。
「俺は部外者だからな。ツナに会って、お前を避けてる理由聞き出してやるぜ、コラ」
「……テメエが親切だと気持ち悪いぞ」
「うっせーコラ!病人は安静にしとけ!」
つくづく親切し甲斐のない相手だった。
しかしリボーンは明確に拒絶しなかったし、大人しく目を瞑ったので、コロネロの意は聞き届けられたのだろう。
全く世話焼かせやがって、小声で呟いた悪態への返事はない。
 
 
*****
 
 
シャマルの書いた地図を頼りに、コロネロは病院から然程遠からぬ一軒の民家を訪れた。
インターフォンを押しリボーンの名代を名乗れば、二三分待たされただけで案外あっさりと中に通される。門前払いの覚悟もしていたので拍子抜けだった。
沢田家は一応洋風の造りで、何の変哲もない一軒家だ。手狭に感じるのはコロネロの体格の所為もあるだろう。日本人は総じて小柄なので、その住居も兎小屋並の広さだという話も聞いたことがある。
コロネロの知識では、日本家屋といえば畳が敷いてあるものと思っていたが、通された一室はフローリングの床に絨毯を敷いた洋間だった。しかし生活スタイルは日本独特のものらしく、部屋の中央には足の低い座卓が置いてあり、絨毯の上に直接腰を下ろすようになっているようだ。
と、薄っぺらいクッションだと思っていたものが、座布団なる腰掛けの一種だったらしい。勧められて、コロネロはおっかなびっくり足を畳んでその上に座った。楽にしていいのよと言われたが、用件が用件である。図々しく胡座をかく訳にもいくまい。
コロネロをここまで先導してきたのは、明らかに綱吉の母親と知れる女性であった。面立ちも線の細い佇まいも、全体的によく似ている。曲がりなりにもマフィアとしての訓練を受けている綱吉と違い、こちらは完全に素人の動きだ。
娘と同じ亜麻色の髪を肩の位置で切り揃え、童女の純真と夢見る少女の眼差しを併せ持ち、綱吉以上に実年齢が判断つかない。
隣の台所らしき部屋ではコロネロよりやや年嵩らしい日本人達が三人寛いで、長い足を持て余し気味に食堂机の下へ突っ込んでいる。一見して客の存在など歯牙にも掛けていないようで、その実いつでも臨戦態勢に入れるよう気を張っている。
漏れ出る殺気には当人同士の険悪さも関係しているようで、灰髪の一人が一番長身の男を頻りに机の下で蹴っていたりもしたが。
そちらは敢えて無視することにして、コロネロはにこにこと微笑む綱吉の母を、改めて正面から見据えた。
「ええと、コロネロちゃんだったかしら?」
「そうだ。……ツナヨシに会わせて貰いたい」
この年でちゃん付けされることに顔を顰めつつ用件を切り出せば、母親は困ったように頬を手に当てる。
「それがねぇ…あの子、今は何方ともお会いする気はありませんって。用件があるならイタリアに戻った後で、改めて面会の申し込みをして欲しいって……だったわよね獄寺君?」
語尾の部分は台所に向かって声を張り上げ、そうですお母様、灰髪の男が肯うと安心したようにコロネロへ顔を戻す。綱吉の側近らしいが、ならば自分で説明に来れば良いだろうに。
内心文句を言いつつも、このおっとりした母親が話相手だから持ち前の短気を抑えていられるのだと既にコロネロは気付いている。
「それは結婚した後、ということか」
「ええ、そう」
「……リボーンは、あいつはツナヨシを連れて地の果てまでも逃げるつもりだ」
「あらやっぱり?でもね、ツナはそれを望んでないわ」
コロネロはらしくもなく溜息を零した。予想していても、はっきり口にされるのは堪えるものだ。
「あいつはもう過去の男なんだな」
「……私にはあの子の気持ちの全部は解らないけど」
独白めいたコロネロの呟きに混じった恨みを、綱吉の母は聞き取ったらしい。穏やかに眼を細め、ゆっくりと首を振る。
「十年離れてたって解ることもあるわ。一緒にいることだけが愛情の全てじゃないでしょう?」
自分達母娘のことを言っているだけではないのだろう。コロネロも深く綱吉の人柄を知る訳ではないが、綱吉によく似た母親を見ていると思わずその言を信じたくなる。
自分が見た綱吉は、愛する兇手に対し常に一途で真摯だった。
確かに、リボーンが最強のヒットマンであっても巨大なボンゴレに対抗して綱吉を守り切れるか、冷静に考えてコロネロにも疑問だ。今だってボンゴレの影響から抜け出しきれず、病院で唸っているような軟弱な十代の若造だ。
ただ、コロネロは彼らなら何とかしてしまうのではないかという夢が見たかった。幸せになる二人の姿を切望していた。
現実に妥協した綱吉の判断を責められない。期待を裏切られたように感じるのはコロネロの勝手で、それでも……納得するには多大な苦痛を伴った。
「リボーンを納得させる為にも、ツナヨシの口からちゃんと説明してやって欲しい」
「ごめんなさいね……」
感情を抑えたコロネロの懇願も、言外に無理だと断られる。申し訳なさそうな表情からすれば彼女の本意ではなく、綱吉本人の意向なのだろう。
ここで粘れば、説得は出来ずとも綱吉を引っ張り出すくらいなら出来ると踏んでいただけに、計算外の劣勢だ。
ならば力ずくで、との考えが脳裏を掠めた瞬間、隣室の青年達が大きな音を立てて椅子を引く。いや、コロネロへの害意ではなく、二階から降りてきた第四の青年が顔を覗かせたからであったが。
「クフフ、青のアルコバレーノ」
左右で瞳の色が違う典雅な印象の優男は、奇妙な笑いを洩らしつつコロネロを手招いた。
「二階の窓からゴミが落ちているのが見えましてね。僕は放っておいても構わないと思うんですが最愛の主が駄目だと言うので……君、持って帰ってくれませんか?」
「あ?何言ってんだコラ!」
笑い方だけでなく言動も煙に巻くような胡散臭さだ。見れば、仲間の青年達も一様にうんざりした顔をしている。
「行ってやった方がいいぜ。坊主、まだ絶対安静なんだろ?」
一番背の高い青年がフォローするように苦笑する。それで、やっとコロネロは何が起こっているのか理解した。
綱吉の母への挨拶もそこそこに沢田家を辞すと、案の定家の正面、門扉のすぐ傍に黒い塊が転がっている。
「リボーン!」
薄手の病院服に黒の背広だけをコート代わりに羽織り、力尽きたリボーンは伏していた。
「馬鹿野郎!死にたいのかコラ!!」
コロネロが抱き起こせば、死人のように蒼白い顔色で頬だけが奇妙に赤い。額に手を遣れば驚く程熱かった。
冷たい地面に上体を付けないよう抱えれば、リボーンは振り解きたがりコロネロに肘鉄を食らわせようとしてくる。辛うじて意識は残っているらしい。この期に及んで負けず嫌いな野郎だ。そもそもどうやって病院を抜け出して来たのだか。
「邪魔すんなよ……」
「邪魔してんのはお前だ!俺がそんなに信用出来ないか!?」
「いや、死ぬ気くらい見せねぇと……ツナに笑われちまう……」
それで本当に死んでしまったら元も子もないではないか。リボーンの言はすっぱり無視することにして、力を失った重い体を背中に担ぎ上げる。
「シャマルには連絡しといたぜ。迎えの車が来るから途中で拾って貰え」
背後から声を掛けられたので振り向けば、灰髪の青年が門の内に立っている。面白くもなさそうな仏頂面で、それでもリボーンを心配していることは伝わった。
「すまない」
一言礼を述べ、車を見落とさないように前方に注意を向けつつ歩き出す。鍛えているコロネロには病人一人背負うくらい簡単だが、医療分野は専門外だ。今にもリボーンが死んでしまいそうな気がして、無意識に足は速まった。
「………桜」
「あ?」
リボーンの呟きを、初めコロネロは譫言と聞き流した。
「桜が、春の雪みてえだった……」
冷えるとだけ思っていたが、気付けばちらちらと、淡雪が舞い降りている。それを見てリボーンは口にしたらしい。
「その雪はこんなに冷たくなかっただろ。また春に本物を見ろよ」
天から降る風花は、アスファルトの地面に触れる前に幻のように消えてしまう。前を注視していた筈が、いつの間にか自分が下を向いて歩いていたことをコロネロは知った。
「……ツナと見なきゃ意味がねえ」
コロネロの背から、リボーンは雪に手を伸ばした。当然掴める筈もなく、手を擦り抜け、或いは消えてしまう。
「……ツナ………」
祈るように名を呼ぶ声も、今にも消え入りそうに儚かった。コロネロは泣きたくなる。
 
 
*****
 
 
「――今病院から連絡が入りました。命は取り留めたそうです」
「そう」
「本当に、……会わずにお帰りに?」
「そうだよ、君も反対してたんじゃなかったっけ?変な獄寺君」
「…………変ですね」
 
 
*****
 
 
一時は危険視された容態も安定し、ずっと付き添っていたコロネロもマフィアランドに帰還して暫らく後。
忽然とリボーンは病院から姿を消した。
ボンゴレの情報網を以てしても行方は杳として知れず、九代目は早々に捜索の打ち切りを命じた。
裏切り者には死を。掟を盾に制裁を求める声は徐々に鎮静化した。
腕利き揃いのボンゴレファミリーにおいてですら、黒衣のヒットマン相手に一対一で勝つ自信のある者は皆無だったからである。
 
 
 
 
 
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映画に準拠すればここで終わるのが妥当だとは思うんですが(リボ死なせないだけ慈悲とも言える)。
しかし余りの後味の悪さに、人でなし!鬼畜!と愛する馨兄さん(恐らく唯一の読者)から罵られる事態は避けたいので、もう一話続けます。ツナ出家させなかったら、えらく嫌な女みたいになっちゃったし……。
悲恋好き、映画(or原作)至上主義の方がいらっしゃいましたら、この先は存在しないものとお考え下さい(まだ書いてないけど)。