遅れて道場へと駆け込んできた二人の人間。京子と山本だ。
衆人環視でリンチに遭っているツナを見て、悲鳴のような叫びを上げる。
その声が耳に届いたのだろう、反撃の素振りなど微塵も見せず、両手で頭を抱え突っ伏していたツナが顔を上げた。涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。
道場の入り口で並んで立つ二人を視界に入れ、ツナは悲嘆を面に浮かべるでなく、助けを求めるような眼差しを送るでもなく。
ただ、さっと頬を紅潮させた。そのまま首を動かすと、今以て自分を嬲り続けている持田へ怒りに満ちた相眸を突き刺す。
「……悪かねー眼だ。初回授業は及第点だぞ」
リボーンは小さく一人ごちた。スコープ越しに収めた生徒の表情を愛でるように、唇を窄めて――
ズガン!
投げキッスの代わりに、死ぬ気弾がライフルから発射された。
「復活!!死ぬ気で一本取る!!」
「!!?」
今の今までか細い悲鳴を上げながら泣いていた女子が、力尽きたようにがくりと顔を伏せた次の瞬間、いきなり絶叫と共に立ち上がった。信じられない光景に、ギャラリー達は声もなく目を丸くする。しかも何故か制服一式がその場に落ちていて、早業のようにツナは下着だけになっている。
「うおおおぉぉぉぉぉ!!!」
ギャラリー同様驚きつつも惰性で打ち込んだ持田の竹刀を、ツナは片手で払い除けた。パシィ!と乾いた音が響くがツナは表情一つ変えない。
「馬鹿め、今更そんな抵抗など…」
「だぁ!!」
狼狽えつつ動きを止めた持田へと、死ぬ気のツナはそのまま突進していく。顔を仰向け持田へと近付ける半裸の女子の様子に下世話な誤解をしかけた数人も、次の瞬間にツナの意図を過たず理解する。がつんと周囲にまで届く音を立て、ツナ渾身の頭突きが敵に炸裂した。
「がっ!……」
大ダメージを受け最初に攻撃を受けた時のツナのように、吹き飛ばされるようにして倒れた持田は仰向けに転がった。すかさずその上に跨り、マウントポジションを確保したツナは手刀を繰り出す。
「面を打つ気だ!!」
観客達の予想はまたも外れ、
「百本取ったーー!!」
哀れ、百本どころか終いに頭髪全部本を抜かれることになってしまう持田。
沢田ツナ、駄目人生における初勝利。
死ぬ気タイムの終了によって冷静に戻ったツナは、変化していた周囲の反応に初めて気が付いた。
「へ?」
ぽかんと間抜けに口を開くツナの元へ、同級生達がわっと歓声を上げて押し寄せてくる。
「すっげーー!本当に剣道部主将を倒しちまうなんて!!」
「無茶苦茶だけど格好良かったぜ!」
「なんかすかっとした!」
「やるじゃん!沢田のこと見直しちゃった!」
皆が興奮のまま、口々にツナへと話し掛けてくる。登校時と違ってその大半が好意的な言葉で、何よりも自分が人々の中心に立っているということ自体がツナには信じられない。
今までツナが見たことのない笑顔の同級生達を見て、いつの間にか彼らを恐れる余り偏見に近い捉え方をしていた自分に気付く。確かに彼らは気分屋で、ツナを攻撃した同じ口でツナを誉め称えたりもする。しかし悪を悪と感じ、ダメツナの逆転劇に喝采したりする、実際は結構気の良い連中なのだ。
「……えへへ」
面映ゆくなったツナが小さく笑えば、ますます盛り上がった女子達がツナの裸の肩や背中を軽く叩いてくる。はしゃいでいるだけで悪気がないのは解るが、竹刀で打たれた跡に当たってちょっと痛い。
「すっごいじゃん沢田!」
それでも初めて彼女達を近くに感じた嬉しさで、甘んじてぱしぱしと叩かれるままになっていた。
「……沢田さん、大丈夫?」
「ほらほら沢田は怪我人だよ、あんた達」
見かねた京子とその親友黒川花がさり気なく間に割って入ってくれ、揉みくちゃにされていたツナはやっと人心地つくことが出来た。
「有難う笹川さん」
「昨日みたいに京子ちゃんって呼んで?私も沢田さんのことツナちゃんて呼んでもいいかなあ」
京子は床に落ちていたツナのブレザーを拾い上げ、そっと肩に羽織らせてくれる。
「も、勿論!俺…じゃなくて私、ずっと京子ちゃんと、お友達になりたかったんだ……」
「うわぁ嬉しい!私もツナちゃんと仲良くなりたかったんだよ」
リボーンに言われたことを思い出し、精一杯の本音を伝える。死ぬ気弾がなくても口に出来たツナの言葉に、京子は嬉しそうに頷いてくれた。その笑みが、ブレザーの袖口から覗くツナの痣を認めた瞬間、ふと昏く陰る。
「昨日は吃驚したけど、あの時は持田先輩にしつこく言い寄られて困ってたの。ツナちゃんに助けてもらったのにお礼も言えてなくて、なのに今日はその所為でツナちゃんが大変なことに……ごめんなさい」
「そんなの、元はわ…たしが悪いんだし、気にしないで!」
「ううん、有難う。ツナちゃんて凄いね。なんだかタダ者じゃないかんじ!」
顔を見合わせ照れ臭そうに笑う二人の傍で、黒川は呆れたように肩を竦めた。その口元は微笑ましげに弛んでいたが。
さて、これにて一件落着かと思いきや。
「……でも、昨日言ってたのって何?ええと、お幸せに、だった?」
ギクリ。思い出したくない過去ナンバー1の出来事を尋ねられ、ツナは肩を強張らせた。
「はァん?何それ」
大人っぽい雰囲気できつい顔立ちの黒川に流し目を送られれば、身に馴染んだ負け犬根性が顔を出したツナはひとたまりもない。
「ひゃ!あ、あの、京子ちゃんと、山本君……」
「俺がどうかした?」
「うわあぁぁ!!?」
いつの間にか当人の山本が背後に立っていて、ブレザー越しにツナの両肩に手を置いてきた。うわ、手、手の感触がなんか……!
あわあわ内心大パニックのツナとは対照的に、京子の方はぽかんと目を見開いた。
「…………え?山本君?」
首を傾げる。
「あー、もしかして昨日の放課後、水飲み場近くでばったり出くわしたあれじゃねー?」
「あっ!私がお兄ちゃんの様子を見に行く途中で……」
「え?え??」
予想外の展開に一人付いて行けていないツナを置いて、当事者だった筈の二人はどんどん話を進めていく。
「ツナちゃんあれを見てたんだー」
にっこりとツナに笑いかける京子は無邪気そのものといった面持ちで、これがアドリブの演技ならば怖すぎる。
「ばーっか。あたしの目が黒いうちは京子をこんな山猿と交際させたりするかっての」
「ははは、ひでーなー黒川」
黒川にまで止めを刺され、ここまで言われればツナも勘違いを悟らざるを得ない。己の間抜けさに目眩がしてきた。
あんなに悩んで……勘違い……この騒ぎは一体……うわぁ俺の馬鹿!!
「まーまー、良かったじゃん沢田」
にやりと唇の端を上げ、黒川が心得顔で頷いた。揶揄するような口振りの所為で、未だ肩を包み込むように乗せられた堅く大きな手が、ますます居たたまれなくなってくる……。
「〜〜〜〜〜っっ!!」
声にならない悲鳴を上げつつ、ツナは脱兎の勢いでその場から逃げ出した。
「あっ、ツナちゃーん?」
ブレザー以外の制服を手に、京子がそれを追い掛ける。
昨夜。死ぬ気弾の説明をした後、リボーンは死に瀕したツナが何を考えたのか質していた。
「えーっと、死ぬ気で京子ちゃんに謝っておけば良かった…って」
リボーンが自分用のハンモックを自室に吊り下げる様子を不快そうに見守りつつ、ツナは簡単に白状した。死ぬ気弾を撃たれてから頻る機嫌が悪いが、最早色々と自棄っぱちの気分なのだろう。
「何故だ?横恋慕してたにしろ、お前はあの女に何の迷惑も掛けちゃいねーが」
「ううん、山本君とのことを知ってショックだったのも本当だけど、それは切っ掛けっていうか……」
言い淀みつつ、ツナは凝っと天井を見上げた。宙に原稿が浮かんでいる訳でもないだろうが。苛々とリボーンが回答を待てば不穏な空気を察知したのか、俺頭悪いからちゃんと説明出来ないけど!情けない予防線を張りつつも漸う口を開く。
「……俺さぁ、笹川さんのこと前からずっと妬ましく思ってたんだ。良い子だって知ってたのに、ううん、知ってたから余計。
優しくされる度に、哀れまれてるような気がしてムカついたりね。……そんな自分に気付いたら本当に情けなくて悔しくて、駄目駄目な俺だけど、どうせ死ぬならこんな情けない気持ち全部吐き出してちゃんと謝って、スッキリしてから死にたかったな、って。……思ったんだよ、うん」
詰かえながらの告白を終えて、ツナはベッドの上に猛然と突っ伏した。恥ずかしくて顔を上げられないらしい。そういった単純な思考はリボーンの読心術に掛かれば容易に把握可能だが、本人も明瞭に掴めていないような混沌を読み取ることは、万能の天才であるリボーンをしても難しい。相手が無能と非力を絵に描いたような小娘であっても。
その告白を最後まで聞いて、リボーンはもう一つの使命を暫くツナに伏せておくことにした。
(悪ィな九代目。この分じゃ、長期戦を覚悟しなきゃなんねーかもな)
……様々な意味で。お気に入りのナイトキャップを弄びつつ、内心の独白とは裏腹、何処かか浮き立つ気持ちで新たな住環境を整えていく。
イタリアの老人がリボーンへと下した指令は、二種類存在した。一つは、遠縁に当たる沢田ツナを立派なマフィアのボスとなれるよう教育すること。
そして、ツナに適性がなく達成が困難である場合は、ツナの血を優秀な男の遺伝子と掛け合わせ、生まれた子供を早急にイタリア本国まで送り届けること。
リボーンは日本の後継者を一目見て、これは駄目だと匙を投げる気満々でいた。都合の良いことに標的は一丁前に恋をしていて、相手の山本武もダメツナが見初めたにしてはなかなか見所のありそうな男だったので、手っ取り早くリボーンは二人をくっつけて早々に仕事を片付けようと考えていたのだ。
……実際に死ぬ気弾を撃ってみれば、乳臭い外見通り生死の境で恋より友情などを選択してしまう、とんだネンネであった訳だが。人間汚い感情の一つや二つ持っていて当然だ。他者を羨む心や、己の非を認めたがらない卑怯さ。利己心。
それを許せないツナの矜恃と正義感は愛される女には不要だが、……寧ろボスにこそ相応しい資質かもしれない。
「……何にせよ、前途多難なことだ」
昨夜の予感めいた閃きを思い返しつつ、ライフルの解体を終えたリボーンは道場の窓からひらりと身を翻し外へと飛び降りた。
黒衣のヒットマンが姿を消した後、窓の一つが僅かに開いている他は、そこに人の居た痕跡は何一つ残されていない。
ちなみに、当事者とギャラリーの全てが存在を忘れさっていた持田は、生徒全員が遅刻ながらも一時間目の授業へ復帰した後も、一人道場の床に転がっていた。
屍の如く四肢を投げ出し、周囲には頭髪が散乱し、眼からは滝のような涙、鼻からは真っ赤な血を垂れ流している。頭と道着が相まって僧侶風の外観になっているが、決して徳を積んだ高僧には見えない。どちらかといえば……。
「エロ坊主、なのな」
昼休みの時間、原型を留めぬまでにボコボコにされた持田のなれの果てと、返り血の付着した凶器の金属バットとが剣道部員によって発見された。
1−Aでは一人だけ一限の授業に間に合わなかった山本は、二限目の担当教師に向かって「素振りの練習してました」と遅刻の理由を述べた。野球にかける彼の情熱を日頃から良く知る教師も同級生も、誰一人としてその言を疑わなかった。
重体の持田は救急車で病院へ運ばれ、完治した後も髪の毛が生え揃うまで長々と学校を休んだ。並中を暴力で治める風紀委員は持田傷害事件への関与を否定し、被害者の持田も蒼白な顔で証言を拒否した為、犯人は見付からず終いだった。
真相を把握しているのは部外者の赤ん坊一人だけである。
予想外に難しかったです、ツナたん女の子で原作改変。オリジナル5:原作5くらいにする筈が、オリ5:原作1:アニメ4みたいな比率に!(死)畏るべしアニリボ洗脳力。
女の子主人公の視点で話を進めるのはパロ書き人生でも二度目くらいなのですが、予想外に色々と危険な作業でした……ホモ書きの落とし穴。
あんな危険物(女の子)を取り扱いつつちゃんと万人に受け入れられるエンターテイメント作品に仕上げることの出来る、ノーマルカプ書きさんやドリーム書きさんは本当に偉大だなぁと実感(^_^;)