「何をやっても駄目だなんて俺…私にとって当たり前のことだから、悔しいとか、まして死にたいなんて思ったことないんだ。頑張ってもどうせ出来っこないって、最初から何も努力しないで諦めてばっかりで、……だから!」
気圧されたように目を見開いている山本だけでなく、しん…と静まり返った屋上にいる、皆が言い募るツナを凝視していた。ツナちゃん…と小さく呟いたのは、京子の声だったろうか。ツナ当人だけは頭に血が昇っていて、背後にいる有象無象のことは完全に頭から抜け落ちている。
「だから、真剣に打ち込めるものを持ってる山本君が眩しくて、応援したくて。野球が上手いから凄いと思ってたのもあるけど、そうじゃないんだ。死にたいなんて思えるのは、山本君が今までの自分に後悔してないからだよ」
「ツナ……」
「私なら死んじゃってもいいなんて思えない。心残りがあり過ぎて、どうせ死ぬんなら死ぬ気でやっておけば何かが変わってたんじゃないかって、最期の最期まで未練たらしく考えるよ。山本君と私は全然違う……」
何故こんなことを告白しているのだろう。説得でも何でもなくて、これでは単に自分の感情をぶち撒けているだけだ。山本を止められるような言葉をツナは持っていない。何が悲しいのかも解らないまま泣き出してしまいそうで、両手で顔を覆った。何てみっともないんだろう、俺って。
現に、山本は何処か毒気を抜かれた態で、ぽかんとツナのことを見凝めている。これは完全に呆れられているに違いない。なんつー電波女だ、とか。
「あの、……………じゃあ!」
微妙な雲行きになってきた場の空気を収拾するテクニックなど、当然ツナは持ち合わせていない。そもそもこの場の空気自体を読めていない節のあるツナは、最も安易な方法、つまり前後の見境無くこの場からの逃走を図ろうとした。
「待てよ、ツナ」
それを許さず山本が、フェンス越しに無事な左腕を伸ばした。彼女の制服の袖を掴み、引き止めようとする。
「ひゃあッ!?」
それだけで話が済めば平和的、且つ違う物語が始まっていたのだろうが、しかしツナは筋金入りのダメツナだ。
あっさりと捕まったツナは、背後から伸ばされた手に仰天するあまり、――足を滑らせた。
明け方降った雨の所為で屋上の床が湿っていたなどとは、この場合言い訳にならない。足を滑らせたツナは、引き寄せられる力のまま、古くなっていたフェンスに全身で体当たりし、
「きゃーーーー!!!」
ギャラリーの女子達が叫ぶ声が屋上に響く。
衝撃で外れたフェンス諸共、ツナと山本は二人揃って宙に投げ出された。
……その後の数秒は余りにも沢山のことが一気に押し寄せてきた所為で、ツナには断片的な記憶しか残っていない。
エレベーターで一瞬感じるような、ふわりと体が浮かび上がる感覚。
そして、耳元でごうごうと唸る風の男。ばたばたと煩い音を立てていた夏服のシャツとスカート。
きらりと何かが光ったような気がした次の瞬間、額に衝撃。
リボーンに死ぬ気弾を撃ち込まれた時特有の、すぅと頭が冷えていく感じ、そしてぶり返すように全身の熱く燃える感覚。
山本を助けなくちゃ、と、それだけを強く念じたことを覚えている。落下しながら手繰り寄せた山本の頭を庇うように抱き寄せて、確かもう一発特殊弾を撃たれて……。
は、とツナが我に返れば、パンツとブラだけの最近すっかりお馴染みとなった格好で、中庭にへたり込んでいた。
すぐ横では、山本がきょろきょろと左右を窺いながら既に立ち上がろうとしている。二人とも無事だ。
「なんだ、やっぱ山本のジョークだったんじゃん」
「心配して損したー。帰ろ帰ろ」
屋上からは怒ったような、それでいて安堵したような騒めきが微かに聞こえてきて、皆の反応を知ることが出来た。
「や……山本、君?」
自分達が助かったことを誰よりも信じられないツナは、つい助けを求めるような眼差しを隣の山本に送ってしまった。
「って!」
視線がかち合って初めて、最前までの攻撃的で自暴自棄な山本の様子を思い出した間抜けなツナに、その山本は。
「ツナ、お前すっげーのな!!」
それこそ今までのことが全部嘘だったような調子で破顔してみせた。
「!?」
「うん、目が覚めた!何やってんだろうなー、俺。実際落ちてみたら死にたくねぇって思ったし」
「う……ご、ごめんな、さ」
状況的にはツナが突き落としたも同然だ。蒼醒める少女を見下ろし、山本は眩し気に目を細めた。
「ツナは助けてくれたんじゃん。まだまだ俺も人生に未練たっぷりだなー」
しみじみ言うその様子からは、山本がもう本当に自殺を考えていないことが伝わってきた。
「良かった……」
「助けてくれてさんきゅー。女の子の胸ってやっぱやーらかいのな」
良かった良かった、………………………………は?
ツナは自分の格好を思い出した。
それでもって死ぬ気タイムの最中、山本の頭を抱き込んで、つまりは自分の胸に押し付けるようなことを……。
「きゃあああああああああああ!!!!」
落下のショックと死ぬ気の余韻で麻痺していた羞恥が今更一気に込み上げて、もうやだーー!!叫びながらツナは逃走した。
下着姿のまんま何処に行く気なんだろうなー…と山本は考えていたが、今度こそ引き止めはしなかった。
――その様を三階の窓から見下ろす影がある。
「……ったく、あの馬鹿女」
リボーンは唇の端だけで微笑した。今後二人の関係がどう転がるかは未知数だが、山本をツナの傍に確保しておくことは無駄にならないだろう。
帰国した獄寺の反応が楽しみだな。あの頑なな少年の顔が愕然と歪む様を想像すると、笑いが止まらないリボーンである。
「ところで、あの台詞って何だったの?」
ストローから唇を離した花が、思い出したように尋ねた。
昼休み。大半の同級生には冗談ということで片付けられた山本の自殺騒ぎだが、やはり気まずいからと当事者の山本は避難してきていた。……避難先のツナこそ、山本と顔を合わせるのが気まずくてならないのに、そんなことお構い無しである。
大体、ツナと京子と花、女子三人で食事をしているところに男子一人で入っていくなど、普通は勇気が要るものだ。仕事のつもりでいた獄寺でさえ非常に気まずそうだったのに(だからツナが気を遣うことになったのだが)、山本は女子三人の視線を浴びて平然としている。ほんの数時間前まで自殺を考えていた人間には到底見えないという意味では、性質の悪い冗談だったと判断した同級生達の観察眼も真っ当なものかもしれない。
「ん?」
「沢田があんたを恨んでるとか何とか」
「そういえば言ってたね」
ぽんと手を叩いたのは京子で、箸を持ったまま硬直しているツナも疑問に思うのは同じだ。
「あー…、あれな」
答えを得るまでは引き下がるつもりのない少女達の圧力を感じ取ったか、頭を掻きつつ山本は苦笑う。
「ツナ、マジで覚えてね?並盛第二小で三・四年の時、俺達同じクラスだったんだけど」
「え、嘘?」
同じクラスどころか、山本と同じ学区だったことすらツナは知らなかった。しかし考えてもみれば、地元の公立小から公立中に上がったのだから、同じルートを通って進学してきた元同級生は結構な数いる筈である。
「へー、あんた達第二小の出身なんだ」
そう言う花も京子も、確か小学校はツナと別だった。自力で思い出すしかなくて、一生封印しておきたかった暗黒時代の記憶を、ツナは慌てて掘り起こす。
四ヶ月前の記憶すら薄れ始めていることには我ながら感嘆するが、確か、非常に嫌な所だった。父親に連れられて色々な国を転々としていたツナが日本の小学校に転入したのは三年の秋で、同世代の子供の集まる場に今まで縁がなく、しかも基礎学力がない所為で授業に全然ついていけなかったツナは、それはもう苛められたのだ。
中でもクラスの男子の中心にいた、所謂ガキ大将がツナを目の敵にしていて、そう、ツナのぼさぼさ頭を引っ張ったり野球ボールをぶつけたりスカートを捲ったり。毛虫をランドセルに入れられた時は泣いたものだ……。
最初にツナのことをダメツナと呼び始めたのも彼で、名前は何と言っただろう、確か……
「た…タケシ君!?」
「そう、それ」
山本が肯定したのでツナはますます驚いた。
そうだ、ガキ大将の彼は野球が大好きで、休み時間の度に教室の後ろで他の男子とキャッチボールをしては教師に叱られていた。
「へー、元いじめっ子ねぇ」
知り合いだから名前で呼んでたのね。花の感想を聞いて初めてその事実に気付いたツナは、……鈍臭いにも程がある。
「マジで餓鬼だったんだよなー。五年でクラス別れた後も、他の奴らに苛められ続けてるって聞いた時はヤベーって思ったけど、話す機会もなくてさ。中学でやっと同じクラスになれたと思ったらビクビク怯えられてて、もうこれは嫌われてるな、と」
まさか忘れられてると思わなかったぜー。憧れの人を前に緊張していただけのツナには思いも寄らない理由で、山本なりに今までずっと悩んでいたらしい。
「ご、ごめ……」
「ツナが何で謝るんだよ。昔はホントごめんな」
「この子がオドオドしてんのは誰に対してもよ。まあ最近はマシになったけどね」
自分から話を振ったにも関わらず、アホくさ…と言わんばかりの半眼で、花が締め括った。
「誤解が解けて良かったね」
にっこりと京子は微笑んだが、誰に対してのコメントなのかは定かでない。
自分に対するものと判断したツナは、京子へと微笑み返す。こうやって誤解が解けたのも自分達が死なずに済んだからで、死ぬ気のおかげだった。あの家庭教師がツナの日常をぶち壊しにやって来て以来、初めてリボーンの力に感謝している彼女は、――家庭教師の目論見を未だ知らずにいる。
今回はアニリボという先駆者がいなかったので(別にアニリボのツナたんは女の子じゃねえよ)非常に難産でした。
これ書いてる間は、珍しくずっと山ツナ脳が持続してたので、ザムプ本誌が毎週楽しかった……。