平和なんて、平和なんて……!!
指輪争奪戦の時はあんなに懐かしくも恋しいと感じていた仲間達との日常だが、今となっては気の迷いだったと断言出来る。大体、今の生活を平和と称して良いものかも疑問だ。
雲雀が肩に羽織った学ランの裾が、ひらひらと風にそよいでいる。ガラスの入っていない窓から冬の北風が吹き込んでくるからだ。綱吉の部屋は屋外のような寒さになっている。
フゥ太などは未だ雲雀の存在を警戒しているようだが、他の面々はすっかり寛いで談笑している。綱吉には真似出来ない神経の太さだ。
「ツナは学校ではチョコ何個貰った?」
「ゼロ個だよ、山本……」
京子から貰えるだけでかなり満足なので例年ほどは気にしていないが、それにしても言いにくいのには変わりがない。
「へぇ、それは感心じゃない。不用品の校内への持ち込みは風紀違反だからね。貰った方も同罪」
「ははははは」
並盛の法秩序を体現する鬼の風紀委員長は、違反者の筆頭たる山本を冷然と睨み付ける。ヤバい、このままでは乱闘が始まる!
「お、お褒め頂き有難うございます!」
「……ふん、これからも気を付けなよ」
気を削がれたように、雲雀は山本から視線を外した。というかこの人が積極的に会話に参加してるのが驚きだよ!群れるの嫌いじゃないの!?
自分で言うのも何だが、沢田家は平均的なサイズの一般住宅である。間取りの広さも高が知れている室内には、幼児を含めれば実に七人もの野郎がひしめき合っている状況だ。完全に飽和している。綱吉ですらちょっとうんざりしなくもない。雲雀は平気なのだろうか。見たところそんなに機嫌は悪くないようである。やはりバレンタインデーは男心をあまねく広くするのかもしれない。
三百六十五日心の狭い男である獄寺は、意識不明のまま綱吉のベッドで魘されている。心配ではあるが、弱った獄寺はやたらと周囲に喧嘩を売らないので安心な存在でもある。
ビアンキはリボーンごと追い出した、獄寺君は無力化している、雲雀さんは暴れてない。考え得る最高の状況でありながら、 しかし綱吉の心労が全く減っていない気がするのは何故だろう。
リボーンがこの場にいれば解説してくれたかもしれない。曾ては周囲で勃発する騒動は天災に等しく、ひとたびバトルが始まってしまえば綱吉は無力だった。今は綱吉にも度胸が付き、周りもある程度は協調を覚えたことで、事態は綱吉の手にも負える範囲に留まっている。裏を返せば、コントロールが出来る以上、手綱を取り惨事を回避する義務が綱吉には存在するということだ。それがボスの責任ってもんだぞ、と脳内のリボーンが締め括り、綱吉は更に嫌な気分になった。
 
「チビはどんなチョコが好きなんだ?」
「えーっとね、ランボさんはぶどうのチョコが好き!」
山本は、今度はランボを構ってやっている。
「はは、そんなのあるのかよー」
「あるよ!こないだコンビニでツナに買ってもらったんだもんね!」
――ピンと、何故か空気に緊張が走った。
「え?」
思わず綱吉は間抜けな声を上げたが、その時には既に何事もなかったかのように、室内は平穏を取り戻している。気の所為?理由もないことだし、と綱吉は納得しかけた。
「……ねぇツナ兄〜、寒いからこうしててもいい?」
「ああ、ガラス屋に電話しないと……」
今晩どうしよう……。行く末に思いを馳せつつ、腕に取り縋って身を寄せてきたフゥ太を自由な方の手で撫でてやる。
――ビシッ。
先程の比ではない緊張感が駆け抜けた。
「え、え?」
やっぱり気の所為じゃない!でも何で!?馴染みたくもなかったバトルの気配に綱吉は身を震わすが、しかし一見する限りでは皆平然とした顔をしているのが更に怖い。今まで味わったことのない類の恐怖である。
「ん、ツナも寒いのか?こっちの方が風吹き込んでこないぜ」
爽やかな笑みを浮かべ、自分の真横の床を叩く山本。
「寒いならもっとくっつこう?」
くぅ〜ん。瞳をきらきらさせ、一層身を寄せてくるフゥ太。
「だらしないぞ沢田!スポーツマンたるもの弱音は禁物だぁ!!」
立ち上がり何もない虚空へ極限パンチを繰り出す笹川兄。
「ガハハハ、ツナがどーしてもって言うならランボさん湯たんぽ代わりになってやっても良いぞ!」
「……どうしてもって言うなら、僕の学ランを特別に貸してあげても良いよ」
実のところ言動に大した差のないランボと雲雀。……って、雲雀さんの親切怖ぇーー!!
「大丈夫だよ!」
もう勝手にバトってていいから俺に話を振らないで!!
疲弊の度を深め、投げ遣りモードに入りつつある綱吉は、結局ぎすぎすした空気の原因に気付いていない。気付けば、更に逃げ出したくなったかもしれないが。
獄寺君今すぐ起きて!こうも必死で願われる機会も滅多にないが、肝腎な時に役立たずなのが獄寺クオリティである。右腕が健在ならば、確実に嫌な雰囲気を吹き飛ばしてくれたであろう。その場合、自動的に綱吉の部屋も吹っ飛ぶことになっている。
 
 
 
「皆さんお待たせしましたー!」
様々な意味でお菓子の完成を待望していた綱吉には、ハルの呼ぶ声が天啓の如く聞こえた。
「みんな、下に行かない?この部屋寒いし!」
殆ど逃げ出すように廊下へ転げ出る。
「わーい、ランボさんのチョコー!」
こちらは純粋な喜びで駆け出すランボを叱るのも忘れ、後をついて階段を降りる。甘ったるい、チョコレート独特の匂いが階下全体に漂っている。
台所を覗けば、
「あっ、ツナさーん!」
はしゃいだハルがテンション高く飛び付いてきた。
「ハル、頑張ったんですよー!!」
「うわっ」
「今回はトリュフチョコにしてみたの」
京子ちゃんの目の前で!と綱吉は慌てるが、常々そうであるように全く気にされていない。少し哀しいものがある。
「うわぁ、高級そうー。難しかったんじゃない?」
「結構簡単だったよねー」
「はい!」
「手做的巧克力!」
「……簡単」
頷き合うイーピンと三人の女の子…………ん、三人?
「お、変な名前の女子ではないか!」
「もうお兄ちゃんたら、クロームちゃんに失礼でしょ」
「クローム!?」
「こんにちは、ボス」
いつの間にか、眼帯と奇抜な髪型が特徴の黒曜生が紛れ込んでいる。そういえば玄関の鍵は開けっ放しのままだったから(雲雀には言えない)、普通に入ってきてチョコ作りに参加していたのだろう。
「……そっか、クロームも守護者だもんね。有難う」
確認する術はないが、彼女にもリボーンは召集を掛けていたらしい。
「ボス、これも受け取って?」
「え 「んな゛ーーーーーーーーーー!?」
リボンを巻いた紙の箱を不意打ちで差し出され、綱吉も吃驚したし、京子とハルもきょとんとしたが、一番反応が過剰だったのはアレである。
「獄寺君起きても大丈夫なの!?」
よろよろと入り口近くの壁に手を突いている獄寺。山本に大ウケされている。
「てめぇ抜け駆けとは守護者の風上にも置けねえ……!」
「まぁまぁ落ち着けって」
「そうだよ、気を遣って用意してくれたんだろうし……。でも京子ちゃん達のチョコ作りも手伝ってくれたんだろ?両方は貰えないよ」
クロームに言った内容も本心だが、本音は京子の眼前で他の女子から堂々とチョコを貰いたくないというのが大きい。見たところ京子はにこにこと今の遣り取りを見守っており、ハルは
「ハルもツナさん用別に用意すれば良かったー!」
と地団駄踏んでいる。
「ここで作ったのは皆の分、これはボスの分。……食べて欲しいの」
「ぁ、う……」
小柄な彼女に円らな瞳で見上げられると、頼み事を断れないボスランキング一位の綱吉は非常に困る。
「いいじゃん、折角の気持ちなんだし一口くらい食べてやれば」
山本もすかさずフォローを入れる。貰ったチョコレートをビアンキの材料に流用した人間らしからぬ発言だが。そんな山本を刺し殺さんばかりの形相で獄寺が睨んでいる。
「う、うん。……じゃあ、一口だけ……」
結局断りきれない綱吉は、手作りらしい形状の一口サイズのチョコレートを、そっと指で摘んだ。そのまま口に入れようとして。
「……………クフフ」
 
ゾクリ。
 
途端背筋を走った戦慄に、迷わずそれを床へと投げ捨てる。
「どうしたのだ沢田?」
「―――骸!!」
「クフフ……、やはり君にはバレてしまいますか」
容姿はクロームのものでありながら、唇に笑みを刷いた、その顔付きが一変している。
「どういうつもり?」
「ぅわ!」
チョコレートを巡る遣り取りを興味なさげに傍観していた雲雀は、少女の変化を見て取った途端、綱吉をその場から突き飛ばしてトンファーを構えた。クローム――骸から庇うような位置に立っているが、真意は知れない。
「どういうつもりも何も、アルコバレーノに呼ばれたのは僕ですよ。バレンタインの集まりというから少々趣向を凝らしただけのこと」
……リボォォォォォォン!!畜生あいつ出掛けに笑ってたのはこれか!!!
綱吉は愉快犯仕様の家庭教師を激しく呪咀したが、この場にいないものは責められない。
「趣味が悪いな。吐き気がする」
「クフフフフ」
雲雀と骸が対峙している間に、笹川兄が少女達を隣室へ退避させている。骸の正体もよく知らないだろうに、よく気の付く人だ。山本と獄寺は綱吉の左右に陣取って、鋭い視線を骸に向けている。
「おやおや……そんなに警戒しなくとも、僕だって守護者ですよ。大事なボスに危害を加えたり致しませんとも」
「あのチョコ……何か入ってたよね」
「クフッ、お得意の超直感ですか、素晴らしい!」
策を見破られたにも関わらず、骸は手を拍って喜んでいる。
「何、大したものじゃありませんよ。食べても僕のことを好きになるだけです」
「ぎゃーーーっ!!!」
大したことありすぎた。床にしゃがみ込んで綱吉は絶叫した。
「てんめぇぇ……果てやがれ!!」
獄寺がダイナマイトを放つよりも、雲雀がトンファーで殴りかかるタイミングの方が早い。骸は長槍でトンファーの攻撃を受けとめ、身を捩ってダイナマイトの直撃を避ける。
一拍遅れて、爆音。
「ヒィィイィィ!!!」
綱吉はしゃがんだまま、頭を抱えて爆風を避ける。うちの台所が戦場に!!
やっぱり平和が一番だった。バトルはない方がいい。平和万歳!先までとは対極のことを考えながら、綱吉は床が割れたり食器が散乱したりする台所を茫然と見守った。
 
「……ね、ツナ兄も早く避難しよ?」
「ああ、………うん」
どの道、死ぬ気弾も小言弾もない綱吉にアレらが止められる訳がない。責任能力を越えている、から仕方ない。フゥ太の助言に従って、あっさりボス責任を放棄した綱吉も先に退避していた皆に合流した。隣室でも危険と踏んだのか、靴下履きのまま庭に出ている。
「咄嗟にチョコ持ってきちゃった。ツナ君食べる?」
「わあ、有難う……!!」
もしゃもしゃと、ボウルに満載のチョコレートを食べながら屋内の死闘を観戦する一同は、既に正常な感覚が麻痺して久しい。
「玄関の袋も取りに行けっかなー」
呑気に呟くのは、ちゃっかり傍観組に混じっている山本である。頭陀袋の中には獄寺宛てに託けられたものや、4つ5つは綱吉宛てのものも混じっていたのだが、山本がそれを明らかにする日は永遠に来ない。
 
どがーん!!
遂に一階の天井がぶち破られた。明日はリフォーム業者が大忙しだ。
 
 
 
 
 
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あれ?獄寺影薄ー…。
獄ツナ者としてはアレなので、14日に間に合えばエピローグも書こうかと思ってます。